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濃霧がボローニャにやって来た。そもそも、こんな濃霧は10月早々やって来るものなのに、この秋に限っては随分遅れてやって来た。一年振りの到来に、不意を突かれたような気がした。霧が出ると辺りが静かになる。何もかもが霧に覆われてしまった、そんな感じになるのが、私は案外好きだ。

霧と私の付き合いは長い。サンフランシスコに暮らしていた時も一年中霧と付き合っていたからだ。朝、目を覚まして窓の外を覗くと、道の向こうの家が見えなかった。街の西側にある大西洋から流れてくる霧の大群のせいだ。走る霧。私達はそう呼んでいた。だって本当に見えるのだから。霧の粒子が目の前を走っていく様子が。そんなことを考えていたら、ずっと忘れていた人のことを思い出した。パトリシアのこと。
その街に暮らし始めての半年ほど、私は英語を学んでいた。この街に暮らしたくて暮らしたくて家を飛び出してきたのに、英語を聴くのが大好きだったのに、英語を話すのはてんで駄目だった。沢山学校はあった筈だが、其の中でもちょっと名が知れていて形式ばった学校を選んだのは、ほんの偶然だったと思う。街を斜めに横切るように存在する大通りに面した、背の高いビルの地上階だった。建物は、昔観た、70年代後半から80年代の映画によく出てくるタイプのもので、学校のほかは何かの会社が幾つも入っているらしく、パリッとしたスーツ姿の男性やキャリアのありそうな女性と建物の中ですれ違ったりしたものだ。初めの3か月は最悪で、学ぶどころか英語に心を閉ざしてしまうことになったが、それを乗り越えると驚くほど人と話すのが好きになった。パトリシアと知り合ったのは、ちょうどその頃だった。彼女は美しい黒い巻き毛のコロンビア人で小さな男の子の母親だった。同じくコロンビア人で弁護士をしている夫と再婚したらしく、サンセット界隈の一軒家に優雅に暮らしていた。家族内での会話はスペイン語らしく、しかしこの街で暮らすには英語が出来なくては、と言うことで学校に通い始めたとのことだった。彼女は幾つくらいだっただろうか。30代後半、そんな風に思っていたけれど。なかなかうまく言葉が出てこないらしく、自分でもじれったいようだった。其れに周囲の人も忍耐が無くて、彼女の話に耳を傾けるのが面倒くさいかのようだった。私は、少し前までの自分のように思えて彼女を放っておけなかった。だから、話しかけたり、カフェに誘ったりしたけれど、彼女はいつも首を横に振って、押し黙ってばかりいた。ある晩、彼女の家を借りて学校の仲間の夕食会を開くことになった。彼女の夫が喜んで場所を提供してくれたからだ。これでパトリシアが喜ぶなら、これでパトリシアが皆と馴染めるのならばと、そんな気持ちがあったようだ。そうして晩に彼女の家に行ってみると、あまりに立派な家で空いた口が塞がらなかった。霧が酷く濃い晩で、霧に包まれた大きな家はとても神秘的だった。パトリシアったらお金持ちの奥様だったのねえ、なんて皆が驚きの声を発したのを覚えている。20人ほど居ただろうか。食べ物は持ち寄りで、全く楽しい晩だった。その晩、彼女はとても楽しそうで、私の隣に座って沢山の話をしてくれた。彼女が小さな男の子を連れて再婚したことや、夫がやり手の弁護士であること、この家は夫のもので彼女と男の子と、それから彼女の母親が此処に暮らすようになったのは一年ほど前からの事であることを教えてくれたのもその晩のことだった。彼女はこうも言った。あなたのように英語で楽しく話せればいいと思うのだけど。だから私は今までのことをすっかり話したのだ。意気揚々とアメリカに来たが話せないどころか英語恐怖症になって何週間も塞いでいたこと。色んな知人が助けてくれようとすればするほど自分の殻に閉じこもってしまったこと。でも、もういい、間違えたって下手だっていい、と思った日から見る見るうちに耳が言葉を聴きとって、それが自分の言葉につながったこと。すると彼女は驚いて、もしかしたら自分にもそんな奇跡が起きるのではないだろうか、起きてくれればいいのに、と願った。その日から彼女は明るくなった。誘えば一緒にカフェに来て、大きなカップになみなみと注がれた薄くて驚くほど熱いコーヒーを飲みながら、色んなことを話すようになった。驚いたのは周囲の人達で、彼女に一体何が起こったのかと、喜びながらも目を丸くしていた。ある日の午後、彼女に誘われて家に行った。行ってみて分かったのは、彼女の夫が私と話をしたかったからだった。話によれば、私がすっかり話したあの日から、パトリシアが喜んで学校へ行くようになり、家でも英語を話す努力をするようになったそうだ。そして美味しい紅茶と彼女が焼いたケーキでもてなしてくれて、良かったら時々家に遊びに来て欲しいとのことだった。彼女には学校へ行き始めたばかりの小さな男の子が居るので、なかなか外に出掛けられないから、と言うのが理由だった。それから時々、彼女の家に行くようになった。大抵は大きなソファに座って宿題をして、それが終われば彼女が焼いた菓子を食べながらお喋りをして。男の子が外に遊びに行きたいとごねる頃に腰を上げて、一緒に外に出て別れる、と言った具合だった。でも、ある日、彼女は学校に来なくなった。理由は全然わからなかった。ある日、家に帰ると、パトリシアからのメッセージが電話に残っていた。あなたに会いたい、と、ひと言だけ。それから彼女は本当に姿を消してしまった。何処へ行ってしまったのか。小さな男の子と母親を連れて、何処か別の街へ行ってしまったのか。結婚生活が幸せでなかったのか。幸せそうに見えたけれど。あれから霧が濃い晩は、彼女のことを思い出した。サンセット界隈の大きな家に暮らしていた、パトリシアのこと。

時々、平和ということを忘れてしまう。当たり前になってしまうと、それがどんなに有難いことなのかを忘れてしまうのかもしれない。誰もが予想していなかったことが地球のあちらこちらで起こるけれど、昨晩のパリの事件には、声にする、若しくは文字にする言葉もない。平和とは何かを、私達はもっと考えなくてはいけないと思う。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
yspringmindさんの平和への問いかけに、本当にそうだと感じました。
それぞれが出す答え。
世の中があっちからこっちから変わろうとしている。
それは皆わかっている。
どうか、冷静に、冷静に。
こういうとき、どこふく風と寝ている犬や無邪気な子供の眼差しに目をやると、大人では迷ってしまう本当の平和を知ってるような気がする。

2015/11/15 (Sun) 09:44 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。平和の考え方、これについても答えは決して一つではないと思っています。100人居たら100通りの考え方があってもいいと思うからです。でも、人を傷つけない。此れが根本的なところかもしれません。
他人事と思わずに、ひとりひとりがよく考えなくてはいけない時期なのかもしれませんね。

2015/11/15 (Sun) 19:19 | yspringmind #- | URL | 編集

人を傷つけない。
本当にそのとおりですね。

なかなかそれさえもむつかしい感じになってるのが、なんだかいやです。

2015/11/16 (Mon) 07:26 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、それは簡単そうに聞こえるけれど、現実はとても難しい。本当はひとりひとりが自覚していれば、それほど難しいことではない筈なのに。

2015/11/17 (Tue) 23:49 | yspringmind #- | URL | 編集

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