外に出よう

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数日前に雨が降った。其れですっかり気温が下がり、半袖姿がめっきり減った。朝晩はもう15度にもならず、昼間だって20度をやっと超えるほど。ひと月前のあの暑さが、汗が噴き出てどうしようもなかった暑さが、射るような太陽の日差しと肌を撫でていく熱風が、夢だったように思える。薄着は格好いいけれど、そして20年前は薄着を好んでいたけれど、もうそんな冒険はしたくなくなった。きちんと首元を暖かくして、ジャケットを着こんで出掛ける。ボローニャの人は寒がりだと昔の私は笑っていたが、いつの間にか私もそんな寒がりさん達の一員になってしまったようだ。でも、それが賢明。この街のエキスパートたちにならっていれば間違いない。ボローニャの季節の変わり目は本当に要注意なのだから。

朝から空が明るいと気分がいい。今朝は気分が少し塞いでいたが、青空に誘われて外に出た。外を歩ける天気の日は、なるべく外に出よう。それはボローニャに暮らし始めた20年前のにある日に私が決めたことのひとつだ。
ボローニャに暮らし始めたと言えば聞こえが良いが、私とい相棒は友人の家から家へと渡り歩いていた。もう少し簡単と思っていた家探しだったが、なかなか決まらなかった。かと言って相棒の両親が泊めてくれるでもなかったが、それはそれで案外幸運だった。兎に角そう言う訳で、ボローニャ旧市街の友人の家から始まって、相棒の幼馴染が暮らすピアノーロの家、そして夏の一番暑い季節に郊外の小さな町に暮らす相棒の古い友人のところに辿り着き、其処の離の家で何か月かを過ごすようになった。古い家屋で200年ほど経っているのかと思っていたら、もっと古いものだと知って驚いたのを覚えている。壁の厚さは80センチほどで、天井の高さも見上げてしまう程だった。その古い家屋は広大な敷地に囲われていて、こんなに人の居ないところに暮らすことが私を酷く不安がらせた。夏の間はよかったが、それが過ぎると風が吹き抜けて寒かった。窓の立て付けが悪かったから、冷たい空気が入り込んで夜になると酷く冷えた。カタカタとガラスが揺れる音で幾度も目を覚ました。寒い季節になるとストーブを焚いた。薪は自分で割らなければならなかったから、なるべく寒いと言わぬように頑張った。しかしその我慢も限界まで来ると、自から外に出て重い斧を振り上げて薪を幾つも割らねばならなかった。薪割は案外難しいものだ。えいっと斧を振り下ろすが、薪に命中しないことがしばしばあった。若かったあの頃でさえあんな調子だった。今ならあの重い斧を振り上げるだけで、息が切れてしまうに違いない。そうだ、斧は本当に重かった。あんな重いものを振り上げたのは生まれて初めてだったから、薪を割り終えると酷く疲れて、相棒や友人たちにからかわれたものだ。何だい、君は、本当に力が無いんだなあ。そう言われると案外不快なもので、そんなことは無いわよと言って、また少し薪を割ったりしたものだ。今の私ならこう言うだろう。そうなの、力が無いから、皆さん、私の分まで薪割をお願いね。あの頃は、あの広大な敷地から出ることすら大変に思えた。出たところで何もなかった。バスの停留所までは歩いて30分もかかったし、そのバスとて、数本しかなかった。そのうち私は塞ぎこんでしまった。それで私はローマへ行ったのだ。仕事を得たのだ。相棒を残して私がローマへ行くことを周囲の人達は良く思っていなかったが、かまわなかった。私は自分が泡になって消えてしまわないうちに、何とかすることで精いっぱいだったから。相棒は寂しかっただろう。幾度もローマに会いに来た。私も幾度もボローニャに来たが、私は此処に居場所を見つけることは出来ず、すごすごとローマに戻って行った。戻ったローマには、私の居場所があった。相棒は居なかったが、仕事があり、同僚がいて、僅かながらも自分の友人と知人がいた。しかしそれではいけないと気が付いてボローニャに戻ったのは、相棒もまた、私に戻ってきてほしいために本格的に二人が快適に暮らせる家を探してくれたからだ。小さなアパートメントだったが、私が希望した通り、家を出たらすぐそこに店がある便利なところで、バスの停留所が近所にあって、その気になれば旧市街まで歩いていけるような。どんな風にしてあのアパートメントを探し出したのか知らないが、相棒が周囲の人たちに声を掛けて、一生懸命探し当てたに違いなかった。古くて修理が必要だったが、私の希望にこたえるような棲み家を探してくれた相棒に感謝だった。あの日、あの家に暮らし始めた日に、私は決めたのだ。外を歩ける天気の日は、なるべく外に出ようって。どんなに悩んでいる時も木漏れ日の美しさが心を癒してくれるだろう、どんなに寂しい時もすれ違う人々の楽しそうな声を聞いていたら元気も出てくるに違いない。そんな風に思ったからだ。まだまだ生活は軌道に乗らず、折角得た仕事も人間関係もローマにすっかり残してきてしまった私が、自分を励ますために決めたことだった。あれから20年も経つが、時々このことを思い出す。

外が明るいのだから、さあ、外に出よう。外を歩いていたら、忘れかけている感謝の気持ちも思い出すさ。ボローニャ旧市街の空は鼠色だった。俄かに秋風が吹いていて、鞄の中にしたためておいたスカーフを首に巻き付けなければならなかった。当然と言えば当然。じきに10月になるのだから。なのに少し寂しい気分なのはどうしたことか。それとも秋とはそういう季節なのかもしれない。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
いっそ、泡になって楽になりたいと思ったりするのです。

2015/09/27 (Sun) 06:15 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。私はつばめさんに泡になってほしくないです。乗り越えた時の喜びはどんな宝石やどんな褒め称えの言葉よりも尊いものですから。私はつばめさんに尊い気持ちを味わってもらいたい。私の小さな願いです。

2015/09/27 (Sun) 20:18 | yspringmind #- | URL | 編集

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