9月に想う

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降る、降ると言われながら、遂に降らなかった雨。雨が降るから大丈夫と2日も植木に水をくべなかったら、可哀想なことになった。私など一度だって食事を抜けないと言うのに。今日こそ雨が降りそうだけど、たっぷりと水をくべる。植物の枝葉が喜んでいるように見えるのは気のせいか。9月に入って街に人が戻ってきた。すっかりいつもの生活に戻った。ただ、子供たちだけは未だに学校は始まっていないから、楽しそうにも見えるし、持て余しているようにも見える。学校が始まるまで10日間弱。私達大人の分まで堪能してもらおうではないか。
9月と言うのは何か始まる月だ。それは学校等が9月に始まるアメリカやヨーロッパに限ったことではない。日本に暮らしていた頃の私にとっても、やはり、楽しい夏が終わって、その思いを胸に再びいつもの生活に戻る、始まりの月だった。其の9月につきものなのは爽やかな乾いた風と、軽やかな日差しと、金木犀の匂いだった。テラスに置かれた、近年元気に成長している金木犀を観察してみたところ、小さな蕾を発見。まだ黄緑色で、新芽のようにすら見える蕾が無数散りばめられているのを確認して、この9月も良い匂いを期待できそうだと喜ぶ。私の猫も金木犀が大好きだ。でも、彼女が好きなのは花ではなくて、時々はらりと落ちる葉。堅くて縦長で艶のある金木犀の葉が落ちているのを見つけると、尻尾をピンと立てて拾いに行く。やった。宝物発見。そんな感じで。

私は9月になるとアメリカに暮らしていた頃のことを必ず思い出す。私は友人と町の中心にほど近い坂道の多い界隈に暮らしていていた。私達と共に暮らしていたハンガリー人の青年は部屋を引き払って、その空いた部屋に新しい女の子が入った。とても良い感じの、私達より少し若い日本人だった。新しい仲間が入ると生活も新鮮になる。そんなタイミングに友人の女友達Yが日本からやって来た。その頃彼女は何をしていたのだろう、と首を傾げてしまう程の長い休暇をとって、アメリカ中を旅行するために来たのだった。その手始めに彼女は友人に会いに来たのだ、数日此処に滞在するために。私達は4人の生活になり、それは少々窮屈だったはずなのだが、今思い出しても私が窮屈に感じたことは一度もなかった。むしろ、居候の彼女の存在はとても興味深く、手短に言えば、とても気に入ってしまった。気取りが無くて自然な彼女から出てくる言葉に耳を傾けていると、ああ、私は何故そんなことで悩んでいるのだろうと思った。彼女のようになれたら。一体何度思ったことだろう。勿論それで私が彼女のようになったことは無く、彼女の感覚に近づいたこともなかったけれど、私に影響を与えた、それだけは確かだった。3日の予定が1週間になり、そろそろ、と言う度にもう少しここに居ないかと止めたのは私だった。Yとベッドをシェアしていた友人としては、もうそろそろ窮屈になっているに違いなかった。それを察したかのように、Yは近日中に出発することを決めたらしかった。最終目的地はNY。その途中で様々な町に留まりたいと言っていたから、サンフランシスコにばかり居られなかったのかもしれない。ある晩、私は遅く家に帰った。家に帰ると、友人たちが心配していた。いつもの時間に帰ってこない。どうしたのだろう、と。そうだ、私は仕事帰りにそのまま何処かへ行くことはあまりなかった。一旦家に帰って、着替えなりなんなりして、再び出掛けるのが好きだったから。Yが訊いた。夕食はどうしたの? ううん、まだ。私がそう言うと、嬉しそうにキッチンへ行って、夕食を作ったからと言って美味しそうな、ゴロンと大きな素朴な顔のハンバーグを更に乗せてきた。みんなで一緒に食べようと思ったんだけど、明日の朝、出発することに決めたから、と言う彼女の顔を見て、そんな大切な晩にどうして帰ってこなかったのだろうと後悔した。私は仕事の後に急に誘われたのだ。相手は相棒で、初めてのデートらしきものだった。仕事を終えて外に出たところ、相棒が前で待っていたからだ。もう随分前から待っていたと年上の同僚が耳打ちして、そんな人をむげに追い返すものではないと言うものだから、それでは、とちょっと一緒にお茶でもしましょう、と言うことになったのである。相棒の存在は知っていた。4か月も前から。でも、アプローチしてくるでもなく、遠くに何時も存在して私を見ている感じだったから、妙な人だと思いながらも放っておいたと言う訳だ。悪そうな人ではなかったし、彼を悪く言う人も居なかった。かと言って好きなタイプでもなかったし、関心をそそるタイプの人物でもなかった。ごめんなさい、ごめんなさい、ちょっとデートみたいなものしたものだから、と言う私に、彼女はいつもの彼女らしい笑顔で言った。あなたに新しい恋が始まるならば、こんな素敵なことは無い。彼女は私の前の恋の顛末を知っていたから、彼女なりに気にかけてくれていたに違いなかった。私は彼女のハンバーグを堪能しながら、彼女が次にどこへ行くのか、その後は何処へ行くのか、と次から次へと質問しながら、実を言えば彼女が居なくなることを淋しく思っていた。彼女とはそれが最後。幾度かチャンスが訪れたけど、すれ違いだった。私達は手紙だけの関係で、でも繋がっていること、彼女の話を文字を通じて聴けることを嬉しいと思った。何年も経って、私がボローニャに暮らすようになった。何時まで経っても自分らしい生活スタイルを作れず、前途多難で落ち込んでいるところに、彼女から一冊の本が送られてきた。頑張れ、頑張れ、遠くから応援している、みんな頑張っているよ、と言った感じの手紙を添えて。いつも彼女はそんなだった。そんな素敵な彼女に会えたのは9月の魔法。彼女は私の9月の風、9月の日差しなのだ。そんな素敵な母親を持つ彼女の子供たちも、彼女のような素敵な人間に育つだろう。子供は親を見て育つと言うから。

窓から流れ込む風が冷たくて、慌ててカーディガンを羽織る。9月の空は気まぐれで、暗くなったり明るくなったり。空の明暗に踊らされる週末。


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コメント

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2015/09/06 (Sun) 04:04 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。お話有難うございます。私は人間が出来ていません。それでも今まで上手くやってこれたのは、周囲の人の見えない支えだったと思います。すべて自力でやって来たような錯覚に陥ることもあるのですが、しかし、立ち止って思い返してみたら、どれもこれも人の支えがあったからチャレンジ出来たり、やり直しが出来たり、貧乏生活を乗り切れたりしたのだと分かるのです。その点から言えば、確かに私は人に恵まれていると言っていいでしょう。人生は学校で教えて貰ったことのようにはいかない事ばかりです。どれもこれも難しいことで、悩ましいことばかりなのです。
私はある頃から、偉くなることを止めました。自分のままでいい。其のままの自分でいようと思うようになりました。人と比べると心が平穏でいられなくなりますから、それも無し、です。自分で納得しながら自分らしくいるのは難しいことですが、しかしこんな嬉しいこともありません。だから人を妬むことも羨ましく思うこともない。人はいつも、もっとよくなりたい、もっと沢山欲しいと願いますが、私は元気で平和で楽しく生活出来たら、これ以上幸せなことは無いと思っているのです。それとは別に、私はしたいと思うこともあまり悩まずすることにしているのです。そうすることが出来る状況を私は心から感謝しているんですよ。と、全然コメントの返事になっていませんね。

2015/09/06 (Sun) 20:25 | yspringmind #- | URL | 編集

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