快適な日曜日

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快適な日曜日。昼間の気温が28度とは、実に理想的である。汗を掻かず、半袖のコットンシャツをさらりと着こなすに丁度よい気温。外では時折大風が吹き、樹木を煽っている。レースのカーテン超しにその影を眺めていると、夏が終わりに近づいているのを感じる。もうひと頃のような湿度もなく、時には喉か乾くような気候。8月から9月へと移り変わる頃は、いつもそうである。
猫は敏感な生き物だと思う。少し前まで暑さにやられて冷えた床にひっくりかえってばかりいたのに、ここ数日はクッションの上に好んで座る。とても用心深いと思う。猫から学ぶものあり。

母はラジオをよく聞いていた。フランク・シナトラが良く流れていた時代で、私はそれを聴いて育った。勿論それがフランク・シナトラと分かったのは、それから20年も後のことで、当時は子供だったから、ラジオから聞こえる歌の題目や歌い手の名前は聞き取ることが出来なかった。母は、ちゃんと知っていた筈だ。しかし私が何も訊かなかったから、母はラジオが何を言っているか、いちいち教えてくれる筈もなかった。小さなキッチン。とても明るかった。今でもよく覚えている。流しの前に窓があった。流し台は子供だった私には高すぎたから、私専用の足踏み台があって、其の上に立って手伝いをした。夕方のお米とぎとか、夕食の片付けとか。母が姉と私に順番にするように言いつけたのを面倒くさいなあと子供心に思いながら、でも、そのくらいならば私にもできると思っていた。他のことは母のようには出来ないけれど、そのくらいならば、と。母がラジオを聴いていたのは夕方ではなくて、大抵午後の2時、3時のことだった。キッチンのテーブルに着いて縫物をしていることが多かったのは、キッチンが其れだけ明るかったということだろう。ラジオを聴きながら縫物をする母の前に座って私も何か書いていた。やっと文字を書くようになったばかりだったから、難しいことはしていなかっただろう。多分、父や母、そして姉に宛てた、ちょっとした手紙だっただと思う。そうだ、私はそんなことをするのが好きだった。椅子が高すぎたから、足をぶらぶらさせながら。外国の歌の意味など解るはずもなく、でも、母がとても楽しそうだったから私も幸せだった。子供の頃の良い思い出。
あの頃からキッチンと言う場所が私にとってとても大切なスペースになった。まずは明るくなくてはいけなかったし、テーブルを置いて、其処で何か書いたりボタンを縫い付けたりしたくなるような空気も必要だ。風通しがよくて、寛げて、ついつい長居したくなるような場所。単に料理をして食事をするだけの場所ではなくて。そうだ、私にとってキッチンとはそんな場所なのだ。ラジオを聴くことはもうないけれど、時々、母が聴いていたフランク・シナトラを聴くようになった。良き古きアメリカ。そんな音楽だ。私よりずっと年上の相棒でさえ、何でフランク・シナトラなんて聴いているんだい、と初めは驚いたけれど、音楽や美術は古くなって廃れるものではないのだ。例えば職場に入る新しい人は若ければ若いほど良いなんて風習があったとしても。

日曜日の恒例の、昼食をピアノーロに暮らす姑のところでとって片付け物をしてボローニャに帰って来る頃、空の色が暗くなりだした。雨が降るかな。立ち寄った近所のジェラート屋さんの奥さんにそう言うと、どうかしらねと返ってきた。だから、頭が痛くなってきたから気圧が下っていると思うと言うと、彼女も、そう言えば首の後ろが妙に痛むと言った。ああ、それでは雨が降るかもしれない、と言ったところで、ぽつりぽつりと生ぬるい雨粒が落ちてきた。一滴、二滴、その後はいっぺんに百も千も降り落ちてきた。幻の快適な気候。私の夏休みもこれで終わり。そんな幕を閉じるのにふさわしい雨だ。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
ほんとうに子供が感じる時の刻み方は、楽しかったりうれしかったり、お母さんといっしょだったらこの上ない至福の時ですね。
いろんな先生に出会っても、一番好きな先を行く人はお母さんですよね。もう、おかあさーんと甘えられない年齢でも、やっぱりお母さんと甘えたいときはあります。実際はできないけど。先を行く人だから、いずれ会えなくなるのもわかっているけど、ずーっと長生きしてほしいですね。それまでに、どうにかきちんともう大丈夫という大人にならなくては。いいとしなのに、まだまだ子供で。

台所が明るい。とにかく明るいのがいいですねえ。ほわっとして、おいしい料理ができそう。明るいだけでいいんですよね。
ねこちゃんは、よくわかっていますね。

台風が近づいています。今年は台風がよく来ます。

2015/08/24 (Mon) 15:59 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。返事が大変遅くなってごめんなさい。
私は家族と一緒の時間が大好きだったらしく、そしてその小さなどれも忘れずにいます。姉からそんな昔のことをよく覚えていると驚かれますが、私の思い出は、色や匂いや聞こえてきた音などと共に蘇ることが多いのです。お父さんっ子でしたが、母と居る時間が多かった分だけ、母との思い出が多いですね。
父はもう10年も前に他界しました。母もそれなりの年齢です。私が大人になるのは一体何時の事か。母が元気なうちに、安心して貰えるような大人になれればよいけれど。
いつもの生活に戻って、猫は不機嫌です。私はいつも留守番ばかり、と猫の顔に書いてあるのを私は見ましたよ。

2015/08/29 (Sat) 18:18 | yspringmind #- | URL | 編集

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