田舎町には美味しいものがある

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それにしたって、海を見ているのにも限界がある。何しろ木陰もない炎天下なのである。海に入るでもなく、岩場や浜辺を歩くでもなく、ただ海を見たかっただけだ。このままだと日射病になってしまうよう、と先に悲鳴を上げたのは私だった。昔はあんなに夏が好きだったのに。暑ければ暑いほど好きだったのに。皆がとめるのも聞かずに真昼間に外に出掛けていくような娘だったのに。何時の頃からか暑いのが苦手になった。多分、サンフランシスコのあの気候に慣れてしまってからのことだ。日射病もそうだが、空腹も。それではこの辺りのレストランで何か海の幸でも頂こうかと相棒が提案したが、山へ行こう!と。私は山へ行きたかった。この暑さから逃げるために。湿度をふんだんに含んだ海の風ではなく、少しでも乾いた風のある場所に行きたかったのだ。そうだ、MONTENERO(モンテネーロ)へ行こう。海に来る途中で何度かその名前を見た。どんな場所なのか、何があるのかは全く分からないけれど、モンテという限りは山であろう。それに、イタリアのことだ、どんな小さな町へ行っても必ずおいしいものがある筈である。特に田舎町には美味しいものがあると決まっているのだ。先ほどまで、海だ海だと喜んでいたくせに、もう山へ行こうと提案する私に相棒は目を丸くしながらも、確かに暑いし、確かにここは本当に蒸し暑いから、と言って私達は車に乗って山を目指した。

MONTENEROは海から30分も行ったところにあって、山と名乗るには随分低い場所にあった。せいぜい標高300mだろう。丘と呼んだほうが良い。暑いには変わらないが、しかし其処には乾いた空気があった。曲がりくねった道を行くと、街の中心らしき場所があった。ピッツェリアが一軒。パン屋が一軒。バールが一軒。美容院と言うよりは昔風にパーマ屋さんと呼んだ方がぴたりとくる店が一軒。そしてトスカーナの肉を食べさせるレストランが一軒あった。探せば他にもあるかもしれなかったが、私が見る限りは其れしかなかった。肉を食べたいと思った。長いこと、上等な肉を食べたいと思っていたのだ。もうじき14時という時間で、レストランのテラス席にはひとりの老人しかいなかった。いい店なのかどうかを見分けるのは難しかった。もう少し早い時間だったら、混んでいたのだろうか、と思いながら、しかし私は上等な肉を食べたい、とこの店に足を踏み入れた。テーブルは何処でも空いているから、好きなところに座って良いと店の人が言うので、老人から直ぐ其処の、しかし近過ぎない距離を保ったところに座った。私という人は、メニューを見れば見るほど迷うので、ざっくりと読んで注文を決める。ところが相棒は、メニューを隅から隅まで読んで、大いに迷うタイプの人間だ。案の定、何時まで経っても決まらなかった。と、その時、店の人が老人に美味しそうなものを持って行った。あれは何だろう、と私に訊ねる相棒。そんなことを訊かれたって私には分からぬ、と、私は老人に声を掛けた。すみません、それは何という料理でしょうか。とても美味しそうですけれど。老人は嬉しそうだった。多分彼はいつもひとりで、そして私達が声を掛けてくるのを待っていたに違いなかった。これはさ、リゾットだよ。僕は昼は米料理、夜は肉料理と決めているんだ。彼の言葉は、僕は毎日ここに来て食事をしているんだよ、と匂わせていた。私はその言葉に便乗して、毎日ここで食事をしているのかと聞くと、そうさ、毎日さ、とのことだった。そのうち訊ねもしないのに話し始めた。彼は若い時からずっとリヴォルノのサッカーの仕事をしていること。少し前に80歳になったこと。それでも引退などせずに、元気で動ける限りはずっとこの仕事を続けて、リヴォルノのサッカーと共に生活していきたい事。それでもって、その仕事をしている限り、こうして毎日この店で美味しい食事を頂けること。多分夜になれば、サッカーの関係者たちがこの店に来るのかもしれなかった。話が一段落したところで、老人が言った。お薦めはね・・・。それで私達は老人お薦めの料理を注文した。キアニーナのヒレ肉に黒いトリュフ。これは老人の一押しだったが、まことにまぎれもなく一押しの料理だった。肉をかむのが苦手な私だ。それで長いこと肉から離れていたけれど、まあ、柔らかいこと。そして消化も良いらしくて、妙な満腹感が無い。相棒にしても、薦められた料理が美味しかったらしく、随分機嫌が良い。老人はボローニャから来た私達に大変関心があるらしく、どうだい今夜、此処で一緒に食事でも、と誘ってくれたけれど、今夜はボローニャに帰るんだよ、日帰り旅行なんだからさ、と断ると酷く残念そうに頭を幾度も横に振った。店の人が来て、老人に言った。まあ、あなた、今日は本当にお喋りねえ。いつもはあんなに気難しい顔をしてむっつりしているというのに。それで老人が子供のように照れて笑い、私達と店の人はそれを見て声を上げて笑った。老人はこれからちょっと昼寝をしたら、チームのところに届け物をしなくちゃいけないからと言って店を出た。じゃあ、また今度な。うん、また今度ね。まるで前からの知り合い同士のように挨拶を交わして。

たった一日の小旅行。海も見たし丘の田舎町で美味しい肉も食べた。もっと遠くへ、例えば車でオーストリアへ行きたかったけれど、一日だってボローニャから連れ出してくれた相棒に感謝である。また此処に来ようね、と提案してみたら、そりゃあ、いい考えだね、と相棒。老人が居たら、今度は一緒のテーブルに着かせて貰うことにしよう。


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コメント

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2015/08/19 (Wed) 03:11 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。相棒は色々難ありですが、しかし優しいという点では非常に思いやりのある人だと思います。
妹がいる男の人は優しい人・・・確かにそうかもしれませんね。それから辛い思いをした人や、悲しいことを乗り越えた人も、優しいと思います。

2015/08/19 (Wed) 18:00 | yspringmind #- | URL | 編集

こんにちは、yspringmindさん。
手作りの家の壁ですね。
いろんな色の石。

いいおじいちゃんに出会われましたね。
80年サッカーに携わり、朝、リゾット、夜、お肉なのですね。いろんな人生がありますね。
キアニーナのお肉、おいしそう。
まったく知らない街がとても身近に感じました。同じ地球上の話ですよね。いいなあ。

2015/08/21 (Fri) 17:28 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。何百年も前から守られてきた壁です。違った色の石をはめ込んだ壁。この壁を作った人は結構絵心があったのだなあ、と思いました。
このおじいさんとあったのは、なかなか良い偶然でした。多分奥さんに先立たれて、家族も遠くに暮らしていて、ひとりなんでしょうね。朝食こそ家で済ませるのだと想像しますが、昼食夕食はこの店に来るそうです。だから店の女の子に話しかける声が、まるで孫に話しかけるみたいな感じで笑えました。ところでキアニーナ牛の肉。本当に美味しくて、感激でした。

2015/08/22 (Sat) 22:32 | yspringmind #- | URL | 編集

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