涼風に吹かれながら

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もうすぐ7月も終わりという土曜日、まるで夏さえも暑いのに疲れてしまったかのように、涼しい風が吹く。空を覆う明るい鼠色の雲の向こう側には雨粒が控えているのか、じっとりとした空気が漂う。ぱたぱたと音を立てているのはテラスを覆う日除け屋根の布の音。突風が吹くと垂れ下がっているひらひらの部分が、ぱたぱたと音を立てながら忙しくはためく。その下ではいつもと同じ顔をして咲き揃うベゴニア、ゼラニウム、そして名も知らぬ美しい夏の花。開け放った窓ガラスに反射する樹木の緑が風に揺れていて、眺めているだけで涼を感じる。この家に暮らすようになって丸一年が経つ。たった一年なのかと思う。もう随分昔からここに居たような気がするのは、思いがけず私がこの家に馴染んでいるせいなのか。新しい建物では無い。ピアノーロの丘に暮らしていた頃のような広いスペースもない。街特有の喧騒もあるし、探せば不都合なことも沢山ある筈だけど、朽ちた木製の窓枠すらも、所々が錆びたテラスの柵すらも、これで良いと思えるのだから幸せなものだ。少しづつ手入れすればいい。急ぐ理由など何もないのだから。

10年ほど前の夏、クロアチアへ行った。私達の友人の恋人がクロアチア人だったことが大きな理由だ。夏になる都度クロアチアへ行く彼らに、一体何時になったらクロアチアに来るんだい、と言われたことでその夏の行き先が決まった。私達は何年も誘われながら、うん、多分来年に、などと言って先に延ばしてばかりいたのだ。さて、行くとは決まったが彼らのところに転がり込むつもりは毛頭なく、私と相棒はインターネットでやっと見つけた小さなアパートメントに滞在することにした。いくら仲が良くても、距離を保ちながら付き合うのが私たちのスタイルだからだった。やっと見つけた、というのは私達が行くと決めたのが5月だったからである。クロアチアの夏の休暇の、しかも8月の滞在ともなればアパートメントの予約は年明け早々が当たり前らしく、5月に電話をした時には何処も塞がっていたのである。年明け早々8月の休暇のために宿を予約する。そんなスタンダードがクロアチアの海の町にはあるのかと、全く驚きだった。
私達が目指したのは昔イタリア人が沢山暮らしていたと言われるイストリア地方で、私達が言葉に困ることは一度もなかった。時にはイタリアのイストリア州と思えるほどだった。ところが食べ物について言えば、確かにクロアチア国であった。同じ魚介の料理にしても、何か違う。以前から友人と恋人がこの辺りでは烏賊を大蒜でソテーしたものにじゃが芋の付け合わせが美味いと言っては周囲のボローニャ人たちを大いに笑わせていたが、遂にそれを食す日がやって来て驚いた。見た目は、何だこんなもの、みたいな感じなのだが、美味しいこと、美味しいこと。それから私と相棒はこれを食べに3回通った。休暇が終わってボローニャに帰ると、訊かれてもいないのに烏賊とじゃが芋の一皿のことを話して、随分とからかわれたものだ。なんだ、あいつみたいなことを言って。あいつと言うのはクロアチア人の恋人を持つ、私達の友人のことだった。
砂浜は見つからなかった。何処も丸い石の浜か、岩辺だった。砂浜を求めていた相棒は大そうがっかりしたようだが、私はそんなイストリアの浜が好きだった。野性的で素朴で自然だった。浜に日除けのパラソルも寝椅子も並んでいない。浜辺にバールもカフェもない。同じアドリア海の海辺でも、イタリアのそれとは大きくイメージを逸していて、私をとても喜ばせた。
数年前クロアチアがEU加盟国になり、少しは変わっただろうか。美しい浜辺、素朴な食べ物。昔のままならばよいけれど。

クロアチアの海を思い出したのは久しぶりのことだ。私は海へ行きたいのだろうか。


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コメント

涼風!よかったですね。日本は毎日雨です。

やっと、少しでも涼風が感じられるようになってよかったですね。日本は立て続けに襲来の台風の影響もあるのか、雨続きの毎日で、湿度も上昇、鬱陶しい毎日。北イタリアのからっとした空気が(暑すぎではありましたが)懐かしく思い起こされます。住んでいる方には雨が待ち遠しいのでしょうね。わけてあげられないのが残念。
帰国後あらためてイタリア関係の本を読み返していますが、やはり現地体験があると、いろいろな記述がかなり立体的に理解できるようになります。塩野七生さんの「神の代理人(=ローマ教皇)」の中で、ボローニャが再三登場しますが、たとえば15世紀初頭、教皇ジュリオ二世がボローニャを攻略後、サン・ペトロニオ聖堂でミサをあげる場面などは、あの場所に立ってみたことで感興をあらたにすることができました。イタリア史にもうすこし突っ込んでみたくなります。

2015/07/25 (Sat) 21:32 | Yutaka Hoshino #rmkBes5Y | URL | 編集

こんにちは、yspringmindさん。
家の壁の写真だけど、
そうだけには見えません。
やさしい色あわせ。

まだ、ボローニャも暑いのでしょうね。

2015/07/26 (Sun) 01:14 | つばめ #- | URL | 編集

yspringmindさん、こんにちは。
少し遅れてですが、9月の夏休みローマ&フィレンツエ行きが決まりとてもワクワクしています。
今回2年前にフィレンツエのB&Bで知り合った方々3人で、フィレンツエ集合する事になりました。2人は日本から、あと1人ミラノから駆け付ける感じです。
不思議なご縁です、日本でも遠く離れている二人ですが年に2回程会ったりして、イタリア話の情報交換、イタリア好きが集まると楽しい時間が流れ盛り上がるんです。
以前一人旅なら、第三者から声を掛けられたりとする機会があるとお話頂いたように、お互い一人旅だからこそ仲良くなれたのは事実です。

ご体調落ち着いて本当に良かったですね~まだ暑い日は続きそうですが、ご無理されませんように。
今年のバカンスは海になりそうですか。
暑い時は、水に触れるだけでも救われますね。
ビーチに出掛け、黒々と焼くのが小さな夢です。
yspringmindさんの、バカンス話も楽しみに待ってます。

2015/07/26 (Sun) 14:49 | すみれ #GYxcADzc | URL | 編集
Re: 涼風!よかったですね。日本は毎日雨です。

Hoshinoさん、こんにちは。昼の暑さは健在ですが夜風の気持ちの良いことと言ったらありません。もしかしたら、近郊の町で雨が降っているのかもしれません。明日はボローニャ辺りにも雨の予報が出ていまして、と言っても土曜日から降る、降ると言いながらもう何日も過ぎているのでこの予報もあてにならぬものではあります。日本は台風が沢山通過しているようですね。雨、また雨。折角梅雨が終わったというのに、残念なことです。イタリアについて書いた本はこの世の中に一体何冊あるのかしれませんが、塩野七男さんが書いた本は本当に有名ですね。私はまだ読んだことが無いのですが、イタリアに暮らす日本人で彼女の本が大好きという人は随分沢山いるそうです。滞在すると本に書かれていることが身近に感じるものですが、イタリアは特にそんな感じではないでしょうか。読んだだけなら単なる印象にすぎませんけれど。私は歴史にあまり詳しくなく、その手の本を読むことはあまりないのです。その代り、昔の写真やその様子を描いたものを見るのが大好きで、それを通じて空想を膨らますと言った具合なのです。

2015/07/29 (Wed) 21:51 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ボローニャに建物の大半は古いですが、色合いが美しいので眺めていて楽しいです。
今日は涼しくなると言っていたのに、全然涼しくなくて、夜になって風が吹いてほっと一息ついているところです。

2015/07/29 (Wed) 21:54 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

すみれさん、こんにちは。9月の夏休みが決まったようですね。それも2年前知り合った人達と、知り合ったフィレンツェに集合だなんて。それはそれは楽しみでしょう。私はそんな風に出会った街で再開、なんて洒落たことはまだ一度もしたことがありませんが、何時かそんなことが出来たらば、と思います。こんな風に知らない土地で知らない人達と気軽に交流できるのも一人旅の美点です。同感していただけてうれしいです。ところですみれさんの小さな夢は肌を黒々と焼くことですか。私は日本人にしては黒い方で、冬でも日に焼けるので、そんな夢を持ったことはただの一度だってありません。焼こうと思っていなくても勝手に陽に焼けてしまうんですよ。ああ、残念!

2015/07/29 (Wed) 22:06 | yspringmind #- | URL | 編集
焼けた肌は魅力的

yspringmindさん、こんばんは。
知り合った方々は、フィレンツェが何故が好き不思議と落ち着くんですよね。
お気に入りのB&Bがあって、かれこれ3年お世話になってるのですが、イタリア語もできない、でも、困ってる事相談するととっても親身に考えてくれたりするんです。今回は、2人で宿泊する事になりアパートメント初体験となります。

イタリアで焼いた肌は、何よりも魅力的な焼け具合が絶妙、なのでヨーロッパの方々の焼けた肌な憧れなんですよ(笑)

2015/08/02 (Sun) 13:53 | すみれ #n.R1x1CA | URL | 編集
Re: 焼けた肌は魅力的

すみれさん、こんにちは。フィレンツェの魅力に取りつかれる人は世界中に沢山いますね。何が其れほど魅力的なのかと考えて満たしたが、文化と自然と非日常的なことが日常に存在することなどが理由なのかなと思いました。美しい町でもあります。イタリアの中でもあれ程エレガントな町は無いかもしれませんね。
イタリアで焼いた肌。そうですか、焼け具合が絶妙ですか。9月もまだ強い日差しが残っていますから、全く本当に楽しみですね。

2015/08/02 (Sun) 18:06 | yspringmind #- | URL | 編集

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