忘れられない夏がある

DSC_0016 small


私は昼寝が嫌い。子供の頃から夏になると昼寝をしなさいと母から諭されたものだが、一度だって本当に眠ったことなどない。いつも眠ったふりをするだけ。横になって目を閉じたように見せて、実は風に膨らむレースのカーテンを眺めながら、様々なことを空想していた。そうだ、いつだってそうだった。そして、大人になっても昼寝をしなかった。ただ、体調が悪くて椅子に座っていられないほど辛くなった時だけ、体を横たえると深い眠りに就いた。そんな私が、この夏、昼寝をするようになった。あまりの熱気にうんざりして体を横たえると、するすると深い眠りに陥るのだ。眠いというよりは辛かったのかもしれない。兎に角この夏の熱気ときたら、尋常ではないのだから。

忘れられない夏がある。13年前の夏のことだ。私がトロントに、数少ない親友のひとりを訪ねた夏のこと。彼女との出会いはアメリカ。一緒に暮らしていたこともあった。私達は似た者同士かと思えば異なった考えを持ち、仲が良いかと思えば仲違いして、そして怒りの火照りがさめると前より更に仲が良くなった。多くの友達付き合いが当り障りのない付き合いだったのに比べて、彼女とは嫌な面を見せあったこともあって、深いところまで言葉を交わしあえる同士だったと言って良かった。彼女がアメリカを去り日本で結婚をしてトロントへ行った。同じようにアメリカを離れてボローニャに暮らし始め、何年もかかってようやく生活が軌道に乗った頃、私はトロントの彼女を訪れることにした。彼女もまた、模索しながらようやく彼女らしい生活スタイルを手に入れた頃だった。確か私は2週間、彼女と夫のアパートメントの階下に部屋を借りて滞在した。彼女も夫も忙しい身だったから、私は階下に身を置きながら夕食時になると上階に行って、時間を共にした。彼女が腕を振るってくれたこともあったし、私が料理したこともあった。一緒に食べる人が存在するとなると料理をするのも楽しいもので、私は近くの市場に足を運んでは粋の良い魚を購入したり、野菜や果物を手に入れて、料理に勤しんだ。ある日曜日の午後、私と彼女はバスに乗ってナイアガラの滝を見に行った。それは私がぜひ自分の目で見たいと願ったからだったが、彼女もまたナイアガラの滝には何かしらの思いがあったからだった。人を呑み込んでしまいそうな上流の滝の流れ。あまりにも滝に近づく私を、滝に呑まれてしまいそうと怖がったのは彼女。でも、私は彼女が呑み込まれてしまいそうな気がして怖かった。そんな気がしたのには理由はなく、ただそう感じただけだったけれど。数日後、私達はフェリーに乗って島へ行った。何があるでもないけれど、自然が一杯で、天気が良い夏ならそれだけで十分といった長閑な島だった。私達は島をぐるりと歩いて回り、もう歩けないよう、と音を上げたところでフェリー乗り場に到着して、気持ちの良い湖の風に吹かれながら帰って来た。その日、私はいく枚もの写真を撮った。それを現像して彼女に見せると声を上げて喜んだ。其の中の一枚は彼女の写真で彼女が空を見上げている、向日葵のような明るい表情で晴れ渡った空を見上げている写真だった。良い表情をしていたから、彼女の夫も私も喜んだ。いい感じだね。うん、とてもいい感じ。人の写真を撮ってこれほど喜ばれたことは無い。これが初めてのことで、そしてあれ以来あんな素敵な写真をとれたこともない。あの夏から数年経った頃、彼女が病で地上から消え、空のお月様となった。あの写真はどうしただろう。彼女の夫が時々見ているだろうか。彼女が残していった小さな女の子の手に、いつか渡ればよいけれど。あなたのお母さんは向日葵のように明るい笑顔の素敵な女性だったのよ、と。

夏はとどまるところを知らない。明日はもっと暑くなるらしい。


人気ブログランキングへ 

コメント

こんにちは。

強く印象に残るお話で、読んだあとの自分の中に染みついたようで、今朝はそのことをずっと考えていました。
彼女が突然いなくなってしまった時のあなたの気持ちなどが、いっさい書かれていないだけ
その悲しさがよけいに伝わりました。
その時の写真はきっと家族に大切に保存されているにちがいありません。

2015/07/20 (Mon) 13:50 | September30 #MAyMKToE | URL | 編集

こんにちは、yspringmindさん。
あのー、ボローニャはもしかして盆地でしょうか。
写真を見る限り、パキッとした陽射しと影、こちらは台風や熱帯低気圧など、なにやらこのまま秋になるのかしらと思うような静かな夏で、数年前の暑くて暑くて蚊も出てこないくらいの夏が恋しいです。
レースのカーテンを見ていた。ほんとうに、子供の頃はぼーっとしているのが、幸せでしたねえ。風が行ったり来たりしてるなとか。レースのカーテンがお姫様のスカートみたいとか。雲が走っているなとか。
お友だちのお話を読ませていただいて、いきをのみました。なかなか、自分のいいところも、よくないところも見せ合えるような状態になる友達も少ないなか、そんないいお友達が急にいなくなることがあるのですね。小さな女の子をおいて。どうしてそんなことが同じ空の下起きるんでしょう。写真はぜったい女の子が大切に見ていますよ。
わたしは、だいじなだいじな人を急に亡くしたという経験がなく、日々の感謝も忘れがちです。なんだか、自分が思っている欲がちっぽけなことに思えてきます。いつかのyspringmindさんの知り合いの人が言ってたように神様がまだ修行が足りんと言われてるのでしょう。
それにしても、やはり生きている意味、亡くなっていく意味ってあるんだろうなあ。
わたしは、下手でいいからおもいっきり子供のような絵を描いて
くなりたいな。いまは、描いてませんがね。趣味の範囲です。



2015/07/20 (Mon) 16:11 | つばめ #- | URL | 編集
お月さんを見つめて。

yspringmindさん、暑中お見舞い申し上げます。
ご体調いかがですか。お元気ですか。

こちらは、梅雨も明け本格的な夏本番突入です。
蝉の鳴き声も聞こえるようになり、暫く蝉の声で目覚める事になりそうです。

友人の写真大切に飾られてる事でしょう!
今もこのように、教えていただきご友人のご家族の方も喜んでいらっしゃいますよ。些細な事でも気に掛け、気持ちを伝える方達は自然と繋がってゆくのです。

私も、子供の頃お昼寝が大嫌いでした。
寒いのも苦手ですが、汗がでないのも辛いですよね。
同じ体質ですから。なるべく涼しい装いで出掛けややスローになりがちだけど、太陽もビタミン補給ととらえ夏を乗り切りましょう。

2015/07/21 (Tue) 13:12 | すみれ #GYxcADzc | URL | 編集
Re: タイトルなし

Septemberさん、こんにちは。私にとって彼女の存在は大き過ぎず小さ過ぎず、空気みたいな、当たり前的存在だったので彼女が居なくなった時は大変混乱しました。彼女の不在から沢山のことを学びました。小さなことに思い悩むより、今を楽しむこと。楽しみを先延ばしにし過ぎないこと。それから、それから。多分彼女は私が泣いてばかりいるより、気が付いてほしかったのではないかと思うようになりました。
あの写真が、娘さんの手に渡ることを切に願うのです。

2015/07/21 (Tue) 21:14 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、その通りです。ボローニャは盆地なのです。ですから夏の暑さは格別で、冬もまた霧が立ち込めたりしてどうしようもありません。それに湿度の高いことと言ったら!
彼女は私の悪い部分を見せることが出来た数少ない友人の中のひとり。互いに悪い部分を知ってもまた付き合える相手なんて、そうそういるものではありません。そういう友人が居た。私は幸運でしたよ。人は色んなことを通じて学びますが、私は彼女が居なくなったことで、とても大切なことを学びました。彼女が私に残してくれた宝物だと思っています。生きる喜び。人生を楽しむこと。感謝すること。後悔しないこと。

2015/07/21 (Tue) 21:37 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: お月さんを見つめて。

すみれさん、こんにちは。ようやく体調が元に戻って来たようです。ご心配有難うございました。年々暑さに弱くなっていきます。将来は夏が涼しい街に暮らしたいと願っているところです。本気で。
ところでこの夏は酷く汗が出るのですよ。汗をかき過ぎて体力消耗…そんな感じです。昼寝は嫌いだけど、この夏は特別、出来る限り昼寝を楽しむことに決めました。其れで元気に夏を過ごせるのなら、こんな素晴らしいことはありません。昼寝の後のスパークリングウォーターの美味しいこと。大発見でした。

2015/07/21 (Tue) 21:42 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する