エイミーのこと

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ボローニャの暑さと言ったら。このところ私は少々参っている。ボローニャの夏もこれで21回目というのに、慣れるどころか年々この暑さに弱くなっていくようだ。体力が落ちているせいだろうか、それとも秋生まれの私は元から体が中間の季節向きに出来ているのだろうか。兎に角、この数日の暑さのパンチを真に受けて元気がない。

今日は土曜日。元々のプランは外に出ないでゆっくりする土曜日の筈だったが、体調を崩してクサクサしていたこともあって、朝の涼しいうちに外に出た。旧市街の店の大半がまだ開いていなかった。行き交う人も少なかった。そう言えば、数年前にもそんなことをしたことがあった。暑くなりそうだから、朝のうちに散策をしようと思ってバスに乗って旧市街へ行ったことがある。店が開いていない時間帯の旧市街は極端に人が少ない。とくにサルディが繰り広げられているこの時期は。開いているのはバールとカフェ。テラス席には旅行者ではなく、地元の常連さんたちが新聞を読みながら、足元に愛犬を携えて、カップチーノとブリオッシュの朝食を楽しんでいた。其の中に白いパナマ帽を被った年配の男性を見つけた。昔のイタリアは帽子を被るのがお洒落のひとつだったといいのに、何時の頃からそんな習慣が薄れてきて、幾つもの帽子店が消えていったという話を聞いたことがあるけれど、今でも帽子を被る習慣、帽子のお洒落を楽しみを知っている人がいるのを発見すると、どうしようもなく嬉しくなる。そんな私は帽子を被るお洒落を知る人には至らないが、帽子を被る洒落者たちを鑑賞する楽しみを知っているひと、といったところか。まあ、それも悪くない。兎に角、年配の男性はいつもその席に座るのか、それともこの店の重要人物なのか、まるで自分の定位置、自分の場所に居るような寛ぎ方で、時々店の人が横を通り過ぎながら彼に声を掛けていく。そんな様子を見ているうちに、私は思いだした。

彼女の名前はエイミー。私がアメリカに暮らし始めて1年ほどしたころに知り合った。エイミーは私より少し年上で、浅黒い肌と長い黒髪、メリハリのある体系が多分彼女の自慢だった。私は彼女に大した感情は無く、単に知り合い程度の感情しか持ち合わせていなかったけれど、彼女は何かにつけて私の妹のような人と周囲の人に紹介した。妹? 私たちはそんなに親しかったかしら。その言葉を聞くたびに私はそう心の中で思ったものだけど、そんな風に紹介してくれたおかげで周囲の人が良くしてくれたのだから、感謝はしても文句を言うべきではなかった。彼女は男運が悪かった。これは私は言った言葉ではなく、彼女本人が言った言葉。どう運が悪いのかは説明してくれなかったから、色んな話を繋ぎ合わせて、こんなことだったに違いないと想像するしかなかった。アメリカに暮らし始めて少しすると、医療保険の有効期限が切れてしまった。直ぐに更新すればよかったのに、うっかり先延ばしにしていたところ、病気になった。医療代がとても高く、保険が無ければ医者にも掛かれぬと言った風だったから、困ったことになったと途方に暮れた。酷い高熱で酷い頭痛だった。心配したエイミーが家に来て、明日の朝、7時に行こうと言った。それは貧しい人達を受け入れる診療所で、ひとりでなら絶対行きたくないような地区にあった。エイミーはそこで働くシスター、ようするに、この診療所はカトリック教会系の診療所で、敬虔なカトリックのエイミーはそこで働くシスターを知っているとのことで、妹みたいな存在の小さな日本人が病気なので特別に診て欲しいと頼んだらしい。しかし特別扱いは出来ないと断られて、朝7時に診療所の外に並ぶようにと言われたそうだ。朝7時に来ればきっと初めの10人に入れるはずだからと。初めの10人だけ無料で診て貰えるというのがその診療所のルールらしかった。それで翌日7時に診療所へ行ってみたら、もう人が並んでいた。数えてみたら私は12、13番目と言ったところだった。はっきり順番が分からないのは、並んでいるのか並んでいないのか分からぬ人がいたからだ。初めの10人に入れなかった、と落胆する私にエイミーが大丈夫だと言わんばかりに私の肩をぎゅっと抱いて、此処で待ってみようと提案した。実際私の後に並ぶ人達も、帰ることは無く待ち続けたのだからその提案は満更悪くなかった。そうして9時になると診療所の扉が開いた。白い装いのシスターが出て来て初めの10人を中に招き入れた。と、エイミーが言った。シスター! 私の妹分と7時に来たけれど初めの10人に入れませんでした。お願いです、彼女は何日も高熱で。するとシスターが私の額に手を当てると、まあ、大変、こんなところに立っていてはいけない、と言って中に入れてくれた。そうして直ぐに診察室に入れてくれた。暫くの安静。抗生物質。そして次の予約を貰った。診察室を出るとエイミーが例のシスターに感謝の言葉を述べているところだった。そうして改めて待合室を眺めてみると、初めの10人の大半が二日酔いや、ドラッグのし過ぎと言った類の病だった。抜け駆けした私に誰一人文句を言うでもなく、やあ、あんた、ついていたね、と言ったふうだった。世間ではどうしようもないと言われているような人たちに違いなかったが、悪い人達には見えなかった。診療所を出とエイミーは、それじゃあ、仕事があるからと言っていなくなった。私はひとりで家へと戻る道がら、彼女が居てくれて助かったと幾度も思っては心の中で感謝の言葉を繰り返した。当時は若さと元気だけが頼りで、決して豊かとはいいがたい生活をしていた私だったから、エイミーがあの日家に来て診療所に行こうと言わなかったら、どんなことになっていたかしれない。そう思えば、私は確かに彼女の妹のような存在だったに違いなく、私が思っていた以上に親しい間柄だったのかもしれない。ある日、エイミーと道を歩いていた時、ふと彼女が歩みを止めた。どうしたの、と訊くと彼女は向こうのカフェの前に並んだ小さなテーブル席にひとりで座る男性を眺めながら言った。ほら、あの人。午後にこの前を通ると何時も見掛ける。この店の常連なのかしら。それともこの店の出資者みたいな存在かしら。何にしても、どうして私はこんな素敵な感じの人と縁がないのかしら。彼女はしんみりとそんなことを言ったかと思うと急に歩き始めた。私は彼女を追うように歩き始めたが、一瞬振り向いて男性を観察した。白い帽子にレイバンの黒いサングラス。映画監督に居そうなタイプでちょっぴり素敵だった。
あの3年後、エイミーは急に皆の前から姿を消した。恋の逃避行をしたという噂もあれば、何か悪い事件に巻き込まれたという怖い噂もあった。どちらにしても彼女が再び皆の前に姿を現すことは無く、そのうち彼女の噂をする者もいなくなった。私は自称、男運の悪いエイミーが、素敵な男性と知り合って、何処かで幸せに暮らしていることを祈るばかりだった。一時的にしても、私の姉のような存在の人、なのだから。

夜中になってようやく涼しい風が吹き始めた。今夜は心地よい眠りに就けそうである。


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コメント

こんにちは

いいお話をまた聞きました。とくにアメリカ時代のお話はなんとなく聞くのが好きなんです。今頃エイミーはどこでなにをしているのでしょうね。
どこかで、また出会えたらいいのにね。

2015/07/19 (Sun) 12:25 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集
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2015/07/19 (Sun) 12:38 | # | | 編集
Re: こんにちは

inei-reisanさん、こんにちは。もう20年も経つのに、今でもアメリカの頃のことは忘れません。心の小さな小箱に幾つにも分けてしまわれてあるのですよ。エイミーはどうしているんでしょう。何しろ男運が悪いので、泣いていなければいいけれど。いつか何処かで会えたら、これより素敵なことはありません。

2015/07/19 (Sun) 22:35 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、多分人は沢山の出会いを持っているのだと思います。ただそれに気が付かないだけなのではないかと。例えば毎日の生活の中で、木の枝の曲り加減に気が付く人も居れば全く気が付かない人も居る。気が付くと気が付かないとでは、生活、大きく言えば人生も変わってくるはずなのです。私はそんな小さな事にも気が付く人間でありたいと望んでいるのです。

2015/07/19 (Sun) 22:48 | yspringmind #- | URL | 編集
ボローニャの雨水の行き先

yspringmindさんの文章には毎回ハットするようなくだりがありますが、それに加えて1枚(だけ)の写真に魅入られます。今回の写真も多分旧市街の特段有名ではない街路の一角を切り取ったものでしょうが、なんともいえない静謐と落ち着きを感じます。車道の緩やかな勾配が雨水を下水道に導いていっている、そういうさりげない「都市の機能&デザイン」にも惹かれます。

2015/07/20 (Mon) 02:49 | Yutaka Hoshino #rmkBes5Y | URL | 編集
つばめ

こんにちは、yspringmindさん。
いろんな体験をされてますね。
海外においての人のやさしさは、ひとしおですね。
あー、私もちっぽけな日本からこの年になってもまだ飛び出したいのです。飛び出せると思っているのです。それはさておき、
こちら日本では逆に帽子をかぶったり、ヘアバンド?と近頃は言うのだろうか、している人をよく見かけます。帽子でもおしゃれな人を見るとどきっとしますが、それにしてもなにかまだ不自然さはが残るので、つまりいかにもおしゃれしましたという感じがするので、それならいっそのこと素のままがいいのにと思ってしまいます。あと、部屋に入ったら帽子は脱ぎましょうというのが当たり前でなくなっていて、夏でも変なニット帽子をちょこんと頭の上にのせて公の場にいる母親などを見るとファッションならなんでもいいのかなと思ってしまいます。
特に中学生くらいの子の変な高いヒールのサンダルを履いてのショッピングモールでの買い物姿、手には買い物袋いっぱい。なにか違うなと逆にさみしく思ってしまいます。横には娘と同じような格好の母親。
うーん。なにかが違う。誰も止める人はいないのかな。
ファミリーレストランに行けば、父、母、中学生くらいの娘が何も話さずそれぞれがスマートフォンをしている。わたし、ほんといやなんですよね。いい年の父親や母親がスマートフォンでゲームしているの。子供みたいで。大丈夫なんだろうか、この国。
流行りという言葉で全て丸めてしまうのだろうか。みんな持ってる、みんなやっている。商売ばっかり。

2015/07/20 (Mon) 15:15 | #- | URL | 編集
Re: ボローニャの雨水の行き先

Hoshinoさん、こんにちは。ボローニャは大通りと呼ばれる道が本当に少なく、大通りから枝分かれしたごく普通の、地味な通りばかりですが、私はそうした道に魅力を感じます。そして、そうしたところがボローニャらしいとも思うのですがどうでしょう。
雨水が下水道におちて行くように作られた路面。歩行者に優しいと、私はとても気に入っているのです。

2015/07/21 (Tue) 21:05 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: つばめ

つばめさん、こんにちは。多分人は皆、色んな体験、経験をしている筈なのですが、それを特別に感じることが少ないだけなのかもしれませんよ。私はアメリカに暮らし始めて少しすると資金が尽きてしまって食べるのも大変なほどでしたから、人の優しい行為や言葉が飛び切り嬉しかった、だから忘れることが出来ません。
ところで生活を変えるのには勇気と体力が入りますね。だから若い人の方が外国へと飛び出しやすいのかもしれませんが、そういうことに年齢は全く関係ないと思うのです。ですからつばめさんがもし心底望むならば、一度チャレンジするのが良いでしょう。人生は一度きりですから。私の場合、失うのは怖くないのです。元々何も持っていなかったのですから。ボローニャで築いたもの、手に入れたものは、他の町、国へ行っても一からやり直す気さえあればまた手に入れることが出来る筈。
そういう私は世間的には少々変わり者なのかもしれませんが、それもよし、ですよ。

2015/07/21 (Tue) 21:28 | yspringmind #- | URL | 編集
大通りが少ないことの素晴らしさ

yspringmindさん、私の拙いコメントに早速お返事をいただきありがとうございます。確かにボローニャ旧市街は大通りが少ないのですが、それは中世に出来た街並みをできるだけ維持するという市民の共同の意思があったからでしょう。車での移動には不便でしょうが、徒歩で歩き回るにはほとんど車との接触を意識する必要がないことの安心感と心地良さは、50年以上前の日本の日常にタイムスリップしたような不思議な感覚でした。バス路線の地図を見ても旧市街の内側に比較的広い道路を周回するバス路線は多いのですが、真ん中を通り抜ける路線(駅からマジョーレ経由でカブール広場方面)は2系統のみ。宿泊したマジョーレ通りは一方通行で(斜塔の前の広場が工事中だったこともあるのでしょうが)車の通り抜けは驚くほど少なく、「歩行者優先」の思想が行き届いている感じでした。こういう街のありようは、車優先の道路拡幅を進めてきた日本の中心市街地の開発のありように真っ向から反対極にあるもので感服。おおいに尊敬します。

2015/07/24 (Fri) 03:54 | Yutaka Hoshino #rmkBes5Y | URL | 編集
Re: 大通りが少ないことの素晴らしさ

Hoshinoさん、50年以上前の日本の日常にタイムスリップしたような不思議な感覚でしたか。イタリアはどの町もそうですが、ボローニャもその例にもれず昔を簡単に思わせるような雰囲気がありますね。お泊りはマジョーレ通りでしたか。あの通りは昨年ずっと工事中で大変だったのですが、今はせっかり工事を終えていつもの生活に戻った感じがあります。それに二本の塔の前が工事中なので、暫くそんな風に静かなのですよ、この通りは。

2015/07/25 (Sat) 20:30 | yspringmind #- | URL | 編集

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