そうだ、待ってみよう。

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晴れていると思えば雨が降り、そして止んで晴れるかと思えば再び強い雨が降り、気まぐれな空に振り回された先日の夕方、旧市街へ行った。市街地の職場のある辺りは雨がよく降る。一口に言えば気候に恵まれない地域である。だから旧市街へ行けば案外雨が止んでいて、青空のひとつも眺めることが出来るのではないだろうかと内心期待していたのだけれど、大した期待外れで、だからポルティコの存在がことさら有難かった。雨が強く降る日や日差しの強い日は、人々がボローニャのポルティコに感謝する。此れが無かったら、どんなに暮らしにくいだろうか。この町に暮らし始めた頃はその存在が閉塞的で嫌いだったくせに、今の私は感謝などという言葉を用いてポルティコを表現する。全く大したボローニャ贔屓になったものだと我ながら笑ってしまう。何時の頃からそんな風になったのだろう。

雨なのに旧市街を歩いていたには理由がある。私は御使いものを頼まれたのである街の中心に在る小さな店に行くためだった。
店は5年前まで、旧市街の人があまり通らない静かな場所にあった。90年近い歴史を持つペンの店のことだ。5年前のある日、前を通りかかったら閉鎖していたので大変なショックを受けたものだが、そのすぐ後に新しい場所に店を開けたことを知って安心したことを今でも覚えている。店は単なるペンの店と言うよりも、ペンの収集家達が好むような、価値あるペンを置く店だった。私が店の中に入ったことは、一度もない。敷居の高い店。そんな風に言えば良かっただろうか。その敷居の高さは新しい店も同様で、やはり私はそんな素晴らしいペンを道に面したショーウィンドウにくっついて眺める派でしかなかった。そうして遂にやって来た敷居を跨ぐチャンス。そのチャンスを逃す手はなかった。店に行って来てくれないかと頼まれた時に、迷わずそれを引き受けたのは、そんな背景があったのである。店は2本の塔とマッジョーレ広場の間に位置する。ここ数年増えている旅行者が必ずと言っても他言でないに違いない、そんなポピュラーな場所にある。以前のようなマニアが好みそうな趣もなければ、長い歴史を持つ店と言った雰囲気もないけれど、ショーウィンドウを覘けば質の高いものを置く店であることは一目瞭然だ。其の店に初めて足を踏み入れた。先客がふたりいた。どちらもペンの収集家らしく、話しの具合から言って店主と長い付き合いがありそうだった。辛抱強く待って、20分もしたところでやっと自分の番が来た。お使いの品を受け取り用事を済ませてから、待っている間に見つけた美しいペンについて訊ねてみた。それは私からすれば高級な類に属するペンで、無理をすれば手に入れられなくもないが、私には勿体ないほどの機能も見た目も美しいペンだった。店主は快くガラスケースから取り出してくれて、ペンの特徴を、まるでペンの収集家に説明するみたいに詳しく、そしてわかりやすく説明してくれた。手にしてみたら絶妙の重量で、理想的と言っても良かった。やがて私が前の店のことを知っていると分かると、前の店は収集家専用の店とっても良かったが、今の店は地元の人も来やすくなったし、近年増え始めた旅行者の客も増えて有難い話だと語った。昔のようなペンの収集家は年々減っていて、そもそもペンで文字を書くことが少なくなった世の中だから、と店主は少し残念そうに言った。そうだ、私にしたって。昔は書き物が大好きでペンのインクがひと月でなくなってしまう程書いていたというのに、今はすべてパソコンで、ペンで何かを書くのは署名をするときか、それともカードに何かを書き込むときくらいになってしまったではないか。時代の流れとは言え、やはり残念であることにはかわりなかった。それにしたってどうしてあの店を知っていたんだい、と店主が興味を示したので、その奥にある写真屋さんに時々寄っていたからと言うと、写真屋とは長い付き合いで、店が移転した今だってクリスマスには必ず一緒に食事をするんだ、あいつは本当にいい奴なんだ、と写真屋の店主のことを嬉しそうに語ったのがとても印象的だった。ああ、お客さん、さっきのペン、もう製造していないから価値あるものだけど、でも、そんなに好きならば少し割引をしてもいいよ、と店を出る私にそう言った。ありがとう。考えてみる。その気が有るとも無いともいえぬ返事をして店を後にしたけれど、時間が経てば経つほどあのペンが気になるのだ。私には勿体ないほどの美しいペン。身分不相応と言っても良い。あれ程のペンならば、そう簡単に売れることは無いだろう。いいや、最近は豊かなロシア人客が多いそうだから、案外明日にでも売れてしまうかもしれない。でも・・・そうだ、私の誕生日まで待ってみよう。それであのペンが店にまだあったらば、自分への誕生日の贈り物にしようではないか。そうだ、待ってみよう。何でもすぐに手に入らない方が良い。直ぐに手に入らないほうが良いことだってあるのだ。

金曜日の夕方はご機嫌。でも帰り道に大雨に降られた。豪雨、と言っても良いほどの。夕立と言えば情緒があるけれど。虹は出るだろうかと期待してみたが、遂に姿を現すことは無く、やがて涼しい風が吹き始めるとまだ真夏も来ていないのに夏の終わりの匂いがした。何か冷めた感じの、冷めた感情に似た印象の風だった。
良い週末になればいいと思う。私にも、相棒にも、私達の友人知人、そしてまだ見知らぬ多くの人にとっても。


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コメント

ボローニャの近況楽しみにしています、

来週訪問予定のボローニャの近況を興味深く楽しく読ませて頂いています。日中は30℃でも夜は涼しげ、2本の古塔との出会が待ち遠しです。

2015/06/20 (Sat) 01:45 | 星野 #nAEelZG6 | URL | 編集
Re: ボローニャの近況楽しみにしています、

星野さん、こんにちは。もう直ぐ出発ですね。旅行の前は楽しいものですね。ボローニャは今、6月にしては涼しくて上着などを着ています。でも、それもじきに終わって、暑い暑いと言うようになるでしょう。涼しい風が吹く夕方にカフェのテラス席で冷えた白ワインを頂くと、夏だなあ、と実感します。空を見あげれば空高く燕が飛び交い、そんな時しごく幸せを感じます。

2015/06/20 (Sat) 20:08 | yspringmind #- | URL | 編集

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