5月の憂い

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5月初めの日。5月1日が金曜日に命中したので3連休になった。このところ祝日が週末に重なることが多かったから恩恵を受けることが少なかったけれど、ようやく祝日を実感する機会を得て国中の人がご機嫌である。今日は街の中心のマッジョーレ広場で労働者の集会が開かれている。集会というよりは祭典と言うべきか。兎に角論じ合うのが好きな国民なのである。論じ合うその様は、何時つかみ合いの喧嘩になるのではないかとはらはらするが、そんな心配は必要ない。論じ合う、其れは自己主張であり、ストレス解消術であり、手っ取り早く言えばスポーツみたいなものである。此処に暮らし始めた頃は、そうとも知らずに余計な心配をしたものだけど、最近の私ときたら論じ合う人々の脇を通り過ぎながら、ははは、よくやるなあ、などと小さな笑いすら零れてしまう。仕事帰りにマッジョーレ広場を横断するとき見掛ける初老の男性。彼はいつも小さな台を持ち歩いているのか、台の上に立って行き交う人々に大きな声で呼びかける。これで良いのか、わが国の政治は。私たち国民のことを考えているのだろうか。すると人々が足を止めて彼の周りに集まる。初老の男性が言葉を続け、其れに同感した人々が拍手を送る。時には同意を得られずに、民衆の中から罵声も上がるが、そうして始まる論争を初老の男性は待ち望んでいるのかもしれないなどと思う。何故って、決して困った表情ではないからだ。むしろ、ほんの少し嬉しそう。

5月は素敵な月だ。24年前の5月に私はアメリカで仕事を得た。仕事と言っても採用条件はアルバイトに近く、しかし毎日8時間自分の時間を注いでいたから、それに私の生活を支えるための収入源だったから、世間の人が何と言おうと私にとっては立派に仕事だった。この仕事を得るまで私は殆ど前途多難で、もう帰ってしまおうかとすら思っていた。家に帰ろうかと思っていることを電話で告げた時、母は、そうなの、としか言わなかった。自分の人生だから自分で決めると言って飛び出して行った娘が、始めに遭遇した困難で早くも逃げ出そうとしていることに、母は失望したのだろう。兎に角そうして母に継げてしまうと急に気が軽くなり、会う人会う人に近いうちにこの町を去ることを告げた。ある天気の良い日の昼過ぎ、私は友人の友人程度の若者から電話を貰い、誘われてカフェに行った。 そのカフェはこの通りにゲイが沢山住んで居ることもあって沢山の芸術家風男性が通っていて、そして私と友人たちの特別気に入りのカフェでもあった。若者は俗に言う美しい男性で、だから周囲の男性が時々ちらりちらりと覗き見していた。そんな美しい彼と共にテーブルを挟んで座る私は多少ながら居心地が悪く、それでいて少々嬉しくもあった。どうやら彼は誰かから私が日本に帰ろうと思っていることを聞いたらしい。それで彼が言うには、諦めるのはまだ早すぎる、君はまだ何もチャレンジしていないじゃないか、とのことだった。何だ、そんなことを言うために私を呼び出したのかと思ったが、友人とはいかなくとも好意をもって交流してきた彼が単に説教するために呼び出す筈が無いと思って耳を傾けていたら、それで君は好きではないかもしれないけれど、といって電話番号を書いた紙きれをくれた。嫌だったら辞めてしまえばいい。でも、此処で生活していくだけの収入は得られるはずだから、と。其れだけ言うと彼は入って来た時と同じように、ふらりとカフェを出て行ってしまった。私は暫く其処に残ってぼんやりしていたけれど、思いついてカフェの隅っこの電話機の番号を叩いた。紙きれに書かれていた電話番号は街中の店の番号で、若者がこの番号をくれたことを述べると、彼から話は聞いているから直ぐに会いに来ないかと店の人が言った。そうして私はその日から仕事を始めて、ボローニャに越してくるまでずっと其処では良くして貰った。其れは多分彼という人が信頼されていたからで、その彼の薦める人ならば間違いないだろうということだったと思う。彼がそんな話を持ち込まなければ、間違えなく私はその数週間後に町を出ていただろう。そうして相棒と出会うこともなく、ボローニャに来ることもなかっただろう。彼がくれたあの紙切れが、私の人生の方向を位置付けた、そんな気がしてならない。そういう彼は私が知らないうちに、何処かへ行ってしまった。誰に訊いても分からない。誰もが彼を探していたというのに。彼は良い人だったから、誰からも好かれていたから。何かの事件に巻き込まれたのでなければ良いけれど、と誰もが心から願っていたことを、彼は知っていただろうか。
5月を迎えるたびに私は思いだす。悲しい心境だった自分、美しい彼とカフェで待ち合わせたこと、突然得た仕事、そして彼が居なくなったこと。だから5月は美しく、嬉しくもほんの少しの憂いが伴う。

夕方になって天気が急変した。暖かかった風が、頬をぴしゃりと叩くような冷たいものに変わって、急いで大きな窓を閉めた。いつになったら季節が安定して、軽装になれるのだろうか、と思いながら窓の前の新緑を眺める。栃ノ木と呼んでいたが、それがマロニエと呼ばれるものであることを知って感動している。美しい新緑に独特な花を咲かせるマロニエ。栃ノ木という呼び方も悪くないが、マロニエのほうがぴたりとくる。マロニエ。うん、良い響きだ。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
今日、5月2日はよく晴れたいい天気です。明日からはまた雨らしいです。
ゴールデンウィークで出かける人が多いようです。東京から下りが混んでいるとのこと。

スポーツのように議論する。外で論じるのが健康的ですねえ。
青空の下で、みんなが思ったこと言うのでしょう、見てみたいなあ。
こちらでは歩いて何か訴えるデモは見たことあるけど、一人一人が何か言う議論は見たことないなあ。
合ってる合ってないかかわらず言える議論はほんとにいいストレス発散でしょうね。

写真のおだやかな感じ、影がきれいです。

2015/05/02 (Sat) 03:21 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ゴールデンウィークはいつの時代も人混みが出来ますね。人混みが苦手な私は家にばかりいましたけれど。折角の連休なのですから、雨が降らないと嬉しいですね。空の神様にお願いしておきましょう。
論じ合うことが好きかどうかは置いといて、思っていることを言葉にして表現するのは良いことだと思います。何よりも中に溜めないことは健康上良いと思うのですよ。

2015/05/02 (Sat) 18:58 | yspringmind #- | URL | 編集

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