宝物

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昨夜の雨が冷たい空気を連れてきた。朝起きてテラスに続く大きな窓を開けたら思いがけず冷たい空気が家の中に流れ込んで驚いた。草木も驚いていることだろう。すっかり肩の力を抜いてリラックスしているところにこの寒さだから。最近、,猫はテラスに出るのが気に入りだ。空を飛び交う鳥を眺めるためだ。鳥を眺めていると自分も自由に空を飛べるような気がするのかもしれない。窓を開けたのをよいことにテラスに飛び出したものの、予想外の寒さに驚いて家の中に引き返した。春は何処へ行ってしまったのかしら。猫に話しかけてみたが、そんなこと知らないわよ、と言わんばかりにくるりと猫が背を向けた。どうやら機嫌が悪いらしい。テラスで寛ぐことが出来ないせいで。

金曜日の夕方、中央郵便局の前の広場で植木の市が開かれていた。人との約束の時間までにまだ少しあるのを確認して、覗いてみることにした。春の花あり、ハーブあり、果実のなる木あり。球根を売る店もあれば、サボテンを売る店もあった。店の間の小路を歩いていたら、美しいツツジの鉢植えを見つけた。ピンクともオレンジとも言い難い、微妙な色合いのそれは、昔、父が大切にしていたツツジを思い出させた。
父は勤め人で、家族の為に月曜日から土曜日の昼間まで、大して休暇もとることなく真面目に働いた。母に言わせれば真面目すぎるそうだけど、私はそんな父を尊敬したし、そんな父を見ながら育った。父はいつか物書きになる夢を持ちながら、しかし私が見る限り何かを書くでもなく、いつも庭で植木の手入れをしていた。うちには金木犀、ツツジ、沈丁花などがあり、それらは父の手入れによって毎年美しい花を咲かせた。そしてツツジ。何しろ狭い庭だったから所狭しと植木があって、それでもまだ場所が足らなくて、父は雛壇のようなものを組み立てて、其処に様々な色のツツジの植木を置いていた。父が普段着に着替えて庭に出るのを眺めるのが好きだった。鉢が小さくなったからと、大きな鉢に植え替えるために父が大きな手で優しく土を解しているのをみると、とても温かい気持ちになった。私が物心ついて自分で何かを植えたいと思い始めると、父が横で教えてくれた。そんな風にして私は育った。とても幸運だったと思う。その父はもう随分前に戻らぬ人となったけれど、私の中に父が教えてくれたことが棲みついている。街を歩きながら微風に揺れる木の葉を見る時、見知らぬ人の家の門に美しい藤の花が絡みつくように咲いているのを見つける時、若しくはボローニャの赤い壁につるのような草が這っているのを発見する時、私は自分の中に棲みついている植物を愛する心が蠢く。父が持っていた丈夫な歯や、真面目さを受け継ぐことは出来なかったけれど、植物を愛する心はしっかりと受け継いだ。私の宝物だ。

時々こんな植木の市が開かれると良い。植物の中をそぞろ歩く人たちの優しい表情を観察したら、こちらも素敵な気分になるというものだ。


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Comment

つばめ

こんにちは、yspringmindさん。
お父さんは、物書きになりたかったのですね。まるでyspringmindさんがかなえたみたいですよ。
  • URL
  • 2015/04/21 14:30

inei-reisan

あ、ここと花の色のセンスが違いますね。イタリアの方が、私好みみたいです。

kimilon

なんだかおかしいですよね。子供のときのことでそのときは日常だったことを 後で大人になってからしみじみ思い出すこと。ありますよね、お父様の庭仕事姿 目に浮かぶようです。 丁寧な生活をしていらした方なのでしょうね。季節ごとの楽しみをご存知な。
私もいま 自分の庭に つつじやら金木犀やら 植えていますよ。色だけではなく 匂いも大切な宝物のひとつですよね。そうそう この金木犀はイタリアで栽培されているようですよ。実家のものを持ってこようとたくらんで数年 この間植木屋に行った時 ふと聞いてみたら探してくれました。さて 秋にあの素晴らしい香りの黄色い星のような花はさいてくれるでしょうか?
  • URL
  • 2015/04/24 12:18
  • Edit

yspringmind

つばめさん、こんにちは。父は物書きになりたかったのに書けなかった。こんな形で書く場所を得ることが出来た私を、父は空から羨ましく眺めているに違いないのです。
  • URL
  • 2015/04/25 17:04

yspringmind

inei-reisanさん、こんにちは。確かに国が変わると花の趣味も変わるのかもしれませんね。私はまだドイツを見て歩いたことが無いのですが、近いうちに散歩しに行こうと考えているのですよ。花のセンスの違いも観察することにしましょう。
  • URL
  • 2015/04/25 17:06

yspringmind

kimilonさん、こんにちは。父はごく普通の人で、しかしその自然な生活スタイルは今思えば父特有の、父ならではのものだったのかもしれないと思うのです。私は多分そんな父から、感覚を引き継いだのだと思います。そうだとよいなと思います。
ところで家には金木犀があるのですよ。でも、イタリアでは見つけることが出来ず、相棒の親戚がわざわざスイスに探しに行って手に入れたものなのですよ。毎年9月になると花が咲きます。金木犀の匂いは子供だった頃のことを思い出させてくれることのひとつです。
  • URL
  • 2015/04/25 17:20

kimilon

Yspringmind さんの金木犀はスイスからやって来たのですか!うふふ本当は何処で栽培されているのでしょうね。
普通の生き方を喜びを持って貫くのは、結構難しいのでは無いでしょうか?
金木犀の香は私にとっても小さい頃の思い出につながっています。
  • URL
  • 2015/04/26 19:38
  • Edit

yspringmind

kimilonさん、こんにちは。スイスで購入しておきながら、案外イタリアで育てられたものだったりするのかもしれませんね。うふふ。うちには大きな大きな金木犀の木がありました。だから私の子供の頃の思い出は、この匂いと一緒に心の小箱にしまわれているのです。
  • URL
  • 2015/04/26 22:09

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