いつも通った街

DSC_0072 small


昨日の昼過ぎにひゅーっと冷たい強風が吹いたと思ったら、ぱらぱらと雨が降り始めた。予定通りと言えばそうだけど、期待外れであることには違いなかった。もしかしたら今日は降らずに済むのかもしれないと、恐らく多くの人が心の底で望んでいたに違いないのだ。私は望んでいたと言うよりは、天気予報は外れるものなどと高を括っていた。だから、ドンぴしゃりと言い当てたように雨に降られて、意気消沈していると言うとぴったりだった。窓ガラスを打つ雨を猫がじっと眺めている。ガラスが雨に濡れて、外がよく見えないのが残念なのだろうか。私も外をじっと眺める。裸の木に芽吹きは始めた小さな緑が、強い風雨で駄目になってしまわないかと心配して。
月曜日。今日も一日雨が降った。夜になると降り方が強くなり、路面に大きな水溜りが出来た。水溜りに雨が降り落ちて、幾つもの轍を作った。雨の中を歩くのが苦手だ。足元が濡れるのはもっと苦手だった。

10年前の3月末、フィレンツェに通うのを辞めた。通っていたのは職場がフィレンツェにあったからで、仕事自体は案外好きだった。そして駅から職場までの歩いて15分ほどの道のりを散策がてら歩くのも好きだったけれども、あって無いに等しい電車の出発到着時刻に付き合うのがほとほと嫌になってしまったのだ。それから、其れまでアルノ川のすぐ傍に職場があったのに、駅の目の前に引っ越してしまったのも、止めてしまった理由のひとつだったかもしれない。私にとって職場までの散策は、代えがたい喜びだったことを失って初めて知ったのだ。私にとってフィレンツェは、自分が住んで居ない町だから、毎日が発見と言って良かった。通る道を少しづつ替え、時々足を止めて写真を撮った。フィレンツェの路地には幾つもの素敵が潜んでいたからだ。だから私はいつも小さなカメラを鞄の中にしたためていた。そんな私のことを友人たちは、仕事に行っているのか遊びに行っているのかとからかったけれど、実を言えば私自身も時々よく分からなくなった。いや、こんな風に思っていたのかもしれない。仕事もするけれど好きな散策も楽しめて、とんでもなく幸運だ、と。昼休みになると、私は何時も外に出掛けた。街を歩くために。何かを発見するために。ボローニャとは違う色や空気が満ちたこの街に、多分私は強く心を惹かれていたのだろう。見る者すべてが美しく見えて、どれもが特別な一場面に見えた。昼食は大抵パニーノで、他の客たちに交じって路上に立ったまま食べた。人々は片手にワイングラスを持っていて、一体何時食べるのかと思う程、おしゃべりに夢中だった。わたしはそんな人たちの会話に耳を傾けながら、まるでラジオを聴くかのように、まるで映画の一場面を眺めるかのようにして昼食をとる、それが私の昼食時間で、それが私の楽しみのひとつだった。その近くには小さなカフェがあって、地元の人たちでいつも満員だった。昼食時は飛び切り混んでいたから、私は其処で食事をしたことは数えるほどしかなかったけれど、カッフェを注文して立ったまま飲み干したことは幾度もあった。私が覚えている限り、この店のカッフェはフィレンツェで一番美味しかった。お世辞抜きでそう言うと店の人はとても喜んでいたけれど、夏期休暇中かと思っていたら知らないうちに店が閉まり、他の店になってしまった。あれ程繁盛していたのに、一体どうしてなのだろう、と私達は口々に唱え、しかし誰にもその理由は分からなかった。時には大聖堂辺りまで歩いて、その裏方の路地を散策したりもした。仕事はとても忙しく、息つく暇もなかったけれど、昼休みと朝夕の通勤散策は、10年経つ今でも忘れることのない、宝のような時間だった。もし私が、電車通勤が嫌だからと仕事のオファーを断っていたら、こんな楽しみを得ることは無かっただろう。だから私は思うのだ。途中で止めることは何時でも出来る。だから、まずは試してみなくてはね、と。私の大切な友人たちが様々な形で私に教えてくれたことを、私は何時までも大切にしたいと思う。そうした言葉は時には耳に痛かったり、理解できなくて反発したくなることもあるけれど、教えてくれる人は親切、と何時か母が私に言ったことを思い出しながら、うん、うんと相槌を打ちながら耳を傾けるのだ。

フィレンツェでの毎日が遠ざかっていく。ほんの隣町なのに。電車に乗ってしまえば30分で行けるのに、もう何年も訪れていない。雨が止んだら、土曜日を利用して行ってみようか。昼食は、あの店のパニーノを片手にワイン。やはりそれがいいだろう。


人気ブログランキングへ 

コメント

そうか。ボローニャとフィレンツエは隣町なんですね。イタリアに行ったことがないから知りませんでした。隣町でも全然雰囲気はちがうものなのでしょうか?
裏町散歩 わくわくしますね。知ってると思う町でも 少し通り道を変えると知らなかった風景に会えたりしますもんね。それに イタリアの街々は どこでも歴史を感じられて 興味深そうです。

途中で止めることは何時でも出来る。だから、まずは試してみなくてはね という ご友人の言葉は なんだか勇気をくれますね。私も そう思います。やらずに後悔するよりやってから反省するほうが良いと。。そんなわけで たびたび反省もしていますけれど。それともうひとつ。若いころ 仕事を一緒にしていた尊敬する方が 人生に無駄になることは何も無い と言ってらっしゃいました。この言葉 たびたびの反省時に思い起こしています。

2015/03/17 (Tue) 10:54 | kimilon #036/uE16 | URL | 編集

こんにちは、yspringmindさん。
フィレンツェは、とても近いのですねえ。私も、10年前に旅行で行きましたよ。
yspringmindさんにとって、興味の多い街なのですね。仕事に行ってるのか、遊びに行ってるのか…あー、とても楽しそうで、そんな風に仕事ができたら、さぞ気持ち良いでしょうね。昼にフィレンツェ、イタリアは仕事の合間でもワイン飲むのでしょうか。尽きないおしゃべりは楽しそう、聞いてるだけでも。
私は、フィレンツェでは、よくあるコースですけど、ドーモ、ウフィッツイ美術館、ベッキオ橋、ダビデ像のある丘に寄りましたよ。
アルノ川は茶色く濁ってました。路上で絵をチョークみたいので描く人がいましたたイタリアがワールドカップで優勝した年で、若者が喜んで国旗を持ってバイクで走ってましたね。7月で、夕暮れどきにアルノ川沿いをツアー客と一緒にてくてく歩いてると、涼しくて遠くの丘の木々がゆれているのが見えて、同じ時間をすごしていても、ところ変わればなんとやらで、こんな時間の流れもあるのだなと思ったものです。

2015/03/17 (Tue) 15:26 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

kimilonさん、こんにちは。ボローニャとフィレンツエは本当は隣の県なのですが、特急列車だと30分であること、しかも最近は特急列車に安く乗車できることから、隣町みたいなものなのです。ボローニャのある県とフィレンツェのある県は雰囲気が驚くほど違います。空気の色も違えば建物の色も違う。イタリアはどの町へ行っても随分違うので面白いのですよ。
仕事を一緒にしていた尊敬する方の言葉。全くその通りですね。人生に無駄になることは何も無い。私も覚えておきたいと思いました。教えてくださってありがとうございます。

2015/03/18 (Wed) 22:30 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。私がフィレンツェに通っていた頃は特急電車でも1時間掛かり、頻繁に遅れて、遠くに感じたものですが、ここ数年は30分しか掛からないうえに遅れも随分少なくなり、とっても近く感じるようになりました。フィレンツェは根本的なところでボローニャと違うのだと思います。ルネサンス時代に栄えたと言うだけあり、フィレンツェは優雅で美しいです。ボローニャを表現するならば頑固おやじ、でしょうか。それもまた私は気に入っているのですけれど。どの町にもよい点は必ずあるものです。
イタリアでは昼食にワインを飲みますから、酔わない程度に、友人や同僚とワインをひっかけることは普通なのです。私はそんな一種寛容なイタリアが好きなのです。同じ一日を、一年を過ごすならゆっくりと肩の力を抜いて過ごしたいものだと、イタリアに暮らすようになって思うようになりました。

2015/03/18 (Wed) 23:54 | yspringmind #- | URL | 編集

お昼からワインを飲む楽しみ。
1日を楽しく過ごす方法を知ってるのは、うらやましい国民性ですね。

2015/03/19 (Thu) 11:00 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、確かにイタリア人は楽しく過ごす方法を知っているようですね。見習いましょうか。

2015/03/21 (Sat) 20:07 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する