春の法則

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春は温かくなったり寒くなったりを繰り返しながら辿り着くものなのだ。その法則が本当であるならば、ボローニャの春はもう直ぐ其処まで来ているということになる。朝晩は冷え込んで薄着など出来ないけれど、昼間ともなれば15度にも上がって春が来たと錯覚してしまう程だ。3月に入る早々、街を歩く人々は冬のオーバーコートを着るのを辞めて、もう少し薄手の、もう少し丈の短い、先日までに比べると格段に軽快な姿になっている。つい数日前それに気が付いた私は、帰りの寒さを恐れながら、しかしもう冬のオーバーコートはお終いにしようと決意して、腰丈よりも少し短めのジャケットに切り替えた。案の定帰り道は腰回りがすーすーするけれど、しかし何とも気分がいい。春を迎える準備と呼んだらいいだろうか。それとも冬への別れと言ってもいい。兎に角そう言う訳で、腰回りの寒さを気にしながらも、どうしようもなくご機嫌なのである。

帰り道が明るいので、訳もなく寄り道することが多くなった。買い物をするでもなく、ウィンドウショッピングするでもない。ただ、街を歩くだけ。そうしてポルティコの下ですれ違う人々や、広場を横断する人々やなどを観察するのだ。夕方遅いから子供を見かけることは無く、大抵が仕事帰りの人々や、学校帰りの若者だ。それに加えて少しの旅行者。そんな旅行者を眺めながら思い出すのだ。私が初めてボローニャに来たのは、22年前の今頃だった。私と相棒はまだアメリカに暮らしていて、結婚をする直前だった。ボローニャに来たのは相棒の家族に会うためであり、そして相棒が生まれ育った土地を見るためだった。まだボローニャに引っ越してくる予定などはこれっぽっちもなかった。日差しは明るいが一旦日が暮れると恐ろしく冷え込むこと。それからキリキリと肌を刺すような風が吹くこと。日陰に入るとじめじめと陰気で、どうしようもなく憂鬱になったこと。それが私が得たボローニャの印象だった。そうしているうちに私は高熱と酷い背中の痛みに襲われて病院に連れていかれた。其処で腎臓結石と診断されてあっという間に入院することになった。何しろ日本人が珍しくて病院中の人たちが見物しに来ては言葉も分からないのに話しかけてくれた。おまけに子供だと思われたらしく菓子を持ってきてくれたりして、ああ、この町は案外人間味のある良い町なのかもしれない、と思ったものだ。隣に寝ていた90歳だかの老女。私が老女との2人部屋に入れたのも珍しい外国人だったからだ。老女はどこかの裕福な家系の人らしかった。姪っ子が毎日会いに来た。姪っ子と言ったって既に随分の年齢で、物静かで、いつも腰かけて本を読んでいた。老女がいつも眠っていたからだ。老女が目を覚ましているのは食事の時と診察の時だけだった。ある日、老女が私に話しかけ、私が分からないと頭を横に振ると、小さな写真を手渡してくれた。其れはイタリアでは驚くほど有名な聖人だったが、私はそれを知らなかった。其れが恥ずかしかったのだろうか、私は唯一知っていたイタリア語で有難うと言うと、それを小さな机の上に置いて寝たふりをした。そのうち本当に眠ってしまったらしい。目を覚ますと相棒がいた。机の上の聖人のことを老女の姪っ子と話をしていた。そうしてその小さな写真をパジャマのポケットに入れてい置くといいと言うと、姪っ子はいつものように家に帰って行った。まあ、折角だから。私はそれをパジャマのポケットに入れた。その晩だった。何か発光を見たような気がした。既に消灯時間になっていて光など見える筈もないのに。熱と背中の痛みのせいで、とうとう幻覚を見るようになったかと情けない思いで目をぎゅっと閉じると、うずくまるようにして眠りに落ちた。翌朝は検査だった。検査の前は絶食がお決まりのイタリアだから、私は死ぬほど空腹だった。それにしても体調がよく、そろそろ退院したいものだなどと考えていた。検査をしたらある筈の結石が見つからなかった。いくら検査しても見つからないから何人もの医者が見に来て時間が掛かった。結石がない。熱もない。背中の痛みもない。不思議だねえ。と見な夢でも見ているような気持で検査が終わった。私が退院したのはその3日後だった。老女と姪っ子は聖人のおかげだと言って疑わなかったが、もしそうならば是非とも老女の病気も治してもらいたいものだと数日前に貰った聖人の写真を丁重に老女の寝巻のポケットに入れた。私は治らないのよ、と言わんばかりに老女が頭を横に振っていたけれど。ボローニャを離れる前に病院へ行った。医者との約束だったからだ。不思議な形で退院して行った私を、医者がとても心配していたからだった。熱も痛みも戻ることは無く、私はとても元気だったから、医者はさぞかし安心したことだろう。そのついでに病棟へ行ってみた。老女の見舞いに行ってみると、部屋が空っぽだった。ああ、亡くなったのだろうか。残念だ。と思って立ち尽くしていると、見覚えのある看護婦さんが向こうからきて、びっくりすることに老女はあれから元気になって家に戻ったのだと言った。不思議なことがあるものだ。私にしても、老女にしても。私は、こういう話がとても苦手なのだけど、そんな不思議が本当にあるのだとしたら、この世に存在する人々の病気が治ればよいのにと思う。私が知っている人も知らない人も、わけ隔てることなく。

健康が財産。元気が一番いい。若いうちは分からなかったことだ。歳を重ねることでそれを知ったならば、歳を重ねるのも、案外、悪くない。春の法則から行くと、明日辺りから再び寒くなるに違いない。それも春を迎えるためなら、我慢しようではないか。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
写真の日差しが少しずつ暖かくなっているようですね。
ふしぎなことがありますね。
おばあさんがまるでyspringmindさんを元気にするためにやって来た聖人のようです。そんなこともあるんですね。むかしばなしにあったような、なかったようなー。

とりあえず、春がもうすぐそこですね。私は、今年の春ほど待ちわびたことがありません。この冬は長かったー。yspringmindさんが、おっしゃるように春がもうすぐそこに来ていると思うとほっとします。

2015/03/16 (Mon) 14:34 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。日差しは強くなりつつあります。春! でも、そうかと思えば今日のように冷たい雨が降り、季節が行ったり来たりしています。
不思議なことが世の中には沢山ありますね。私はあまり奇跡とかを信じていないのですが、でも、そう言うことは案外あるのかもしれないとも思うのです。私の知らないところに
てんとう虫たちが飛び回っています。良い季節の証拠ですね。

2015/03/16 (Mon) 22:45 | yspringmind #- | URL | 編集

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