あの界隈

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遅く目を覚ました。結局一日中腹痛に苦しみお、すっかり疲れて眠りに就いたからだ。それに今日は土曜日で、朝6時15分に目を覚ます必要がなかったからだ。こうして遅く目を覚ますことで迷惑をこうむるのは猫、と言いたいところだがそうでもない。うちに来た当初は週末の遅い朝食に不満を見せていたが、2か月も経つとこちらの事情を受け入れたのか、週末は遅く目を覚ます習慣を猫の方も身に着けらたしい。賢いものだと感心しながら、もう少し早く朝食を与えることが出来るように努力しようとも思う。何事も一方的ではいけない。互いが歩み寄って、やっとうまく行くのである。
今朝も雪が降った。と言っても粉のような雪で、直ぐに止むだろうと思っていた通り、昼前には太陽が顔を出した。通りの雪は除雪車によけられて土や埃で黒ずんでいるが、屋根や庭の雪は手つかずの真っ白。その白さが目に沁みた。相棒は昨日の雪かきで体中が痛いようだ。私はと言えば腹痛に開放されて、健康の有難さを噛み締めながらの朝の始まりだ。

この時期になると思い出す。アメリカでのこと。私と女友達が共同生活を辞めた頃のことを。色んな理由があったけれど、結局私達はそれぞれの場所に暮らすことを選んだのだ。ひとりは学業を続けながら住み込みのベイビーシッターをするために。ひとりは別の友人と暮らすために。私は相棒と相棒の友達が暮らすアパートメントの3人目の住居人となるために。ボローニャに比べれば段違いに温暖と言えるカリフォルニア州でも1月の終わりは雨がちで、湿度と冷えが体と心に突き刺すようだった。誰が一番初めに家を出ただろうか。私だったかもしれないし、他のひとりだったかもしれないけれど、私が家を後にした日、家には私以外の誰もいなかった。上手い具合に晴れた日の午後だった。相棒の一番の友達が車を出してくれて、私の少ない、本当に少ない荷物を積むと、部屋はがらんと寂しくなった。元々物が多いのが嫌いな私は、家具にしても何にしても、最低限しか持っていなかったから、それにいろいろ所有するような経済的余裕もなかったからだけれど、引っ越しなんて大袈裟なものにならなかったことを心から喜んだ。其れまで暮らしていたサクラメント通りも好きだったけれど、私は新しい界隈をそれ以上に快く思っていた。色んな意味でミックスの文化が存在する界隈で、インテリの医学生たちが多いと思えば、ヒッピー文化も存在し、それから昔からの裕福な人達や会社のエリートと呼ばれるような人たちもいて、そんな中に私達のような何でもないごく普通の人間が隙間を埋めるようにして存在した。互いが尊重し合って、だから誰が偉いでも偉くないわけでもなく、とても居心地がよかった。自分と同じことを求めない文化。考え方や人生が違う相手を受け入れる文化。それは簡単そうだけれど実際は難しいことだと知っているから、私はこの界隈の空気を神様からの贈り物のように思えてならなかった。オーガニックの野菜を売る店が2軒。焼きたてのパンが並ぶ店が角にあって、その向こう側にはワインが棚に一杯並んでいる店があって、その向かい側にはフランス風カフェがあった。その間に生活に必要な何でも屋さんや、金物屋さん、クリーニング店、中国料理店、持ち帰り専門のコーヒーショップ。仕事のない日は街の中心にはいかずに、この辺りで調達するのが楽しかった。パン屋の筋向いの角のコインランドリーがある日無くなって、ジムになった時の驚きと言ったらなかった。この狭いスペースに色んな機材を置いて、一体どんな人達が通うのだろう。しかも聞けば会費がとんでもなく高かった。そうこうしているうちにジムは会員で一杯になった。どうやら全面ガラス張りで、通行人から見られるのが受けているらしい。人から見られながら運動に励むのを好むというのは、理解できるようで出来ない話だったから、この辺りに古くから暮らす人たちの間で、最近の人達は良く分からないわねえ、と話題になっていた。あそこにずっと暮らせたら良かったのに、と今でも思う。私はあの町に3軒の思い出のアパートメントがあるけれど、この界隈のには特別な思い出が一杯なのだ。それはもしかしたら相棒の存在が理由かもしれないけれど、それを除いても、思い出すことは数えられないほど沢山ある。色んな町の色んな界隈に暮らしてみたが、私が一番恋しく思うのは、やはりあの界隈。自分が一番自分らしくいられた場所。それは多分単なる思い込みや勘違いではないはずだ。

私はアメリカを去るときに、飼っていた猫を友人に託して出てきてしまった。猫は友人になついていたし友人が猫に良くしてくれることは間違いなしだったから安心だったけれど、私は深く後悔したのだ。猫が15歳で天に召されるまで、そしてその後も。だからもう猫は飼ってはいけないと誓ったのだ。なのにあれから20年経つ今、また猫を飼った。いつか別の国に暮らすことになったとしても、絶対に猫を手放すことはしないだろう。何処までも一緒。もう絶対に手放さない。その行先がたとえアメリカでも日本でも。猫をうちに連れて帰った日に、そう心に誓ったのだから。


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コメント

こちらは、yspringmindさん。
こちらは、ちらちら雪が降り芯から冷える寒さです。
自分らしくいられたわけを聞けば、人種も職種も年齢も越えた人の付き合いが気持ちよかったとのこと、そうだろうなと思います。そういう世界に私は直接触れたことはありませんが、なんとなく風通しのよい場所なのだろうなと思います。
ねこちゃん、しあわせですね。

2015/02/09 (Mon) 15:06 | つばめ #- | URL | 編集

元気になられたようですね。
寒くてひえてしまったのでしょうか?
私はこの土曜日 マルシェのお肉屋さんで 順番待ちで20分ほど寒い中待たされておなかが痛くなりましたよ。。。
みんな 驚くほど沢山のお肉を買うのです。 きっと 1週間分なのでしょう。 
こうして 長くまって手に入れたお肉で煮込んだポトフは大変美味しかったので まあ よしとしましょう。
いろんなお店がある界隈は暮らしやすいですよね。そのyspringmindさんが暮らしてらした界隈 なんだか 目に見えるようです。 ああ 行ってみたいな、

2015/02/09 (Mon) 16:36 | kimilon #036/uE16 | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。寒いですねえ。ボローニャは雪こそ止んだもの、しかし私には充分寒い、氷の世界なのです。油断したら、すぐに風邪を引いてしまいます。あの界隈の生活は、例えて言えば人が人を監視していない精神的に自由な生活、人と自分を比べずにいられる場所、自分らしく生活することが当たり前のような場所でした。風通しが良い。そうですね、そんな感じ。深呼吸しながら生活できる場所と言っても良いかもしれません。
ああ、猫は、ここ数日私の体調がいまいちで遊んであげられなかったので、へそを曲げていますよ。

2015/02/09 (Mon) 23:31 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

kimilonさん、こんにちは。お腹は元気になりましたが、どうやら風邪を引いたようで扁桃腺が今ひとつです。まあ、冬ですから、仕方がありませんねえ。
kimilonさんはマルシェのお肉屋さんで20分も待っていたそうですが、寒かったでしょうねえ。其れって、外ですよね。それとも中なんですか。そんなに待たされるお肉屋さんの肉は、とても良い肉なのでは、と想像しました。あ、でもお腹が痛くなるほど寒い中を待つのは、辛いですね。
私が暮らしていたあの界隈は様々の種類の小さな店が連なっていて、皆個性的で、便利であり楽しくもありました。あの界隈での生活は、一生の良い思い出なのです。

2015/02/09 (Mon) 23:38 | yspringmind #- | URL | 編集

週末に広場に立つマルシェのお肉屋さんで、小雪のちらつく中じーっと立って待ったのです。次回は、またナイで買えると良いんですけど。

2015/02/10 (Tue) 05:52 | kimilon #uB83UOno | URL | 編集
Re: タイトルなし

kimilonさん、広場ですか。うーん、それは寒そう。雪もちらついていましたか。早く春になるといいですね。

2015/02/10 (Tue) 23:43 | yspringmind #- | URL | 編集

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