陽の当たる場所

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早起きしようと思っていたのに、目覚まし時計を止めた後、再び深い眠りに落ちてしまった。しかし其れもまた、私の体が欲していたことなのだと思えばよいことなのかもしれない。気象庁が報じていた通り、良い天気になった。ここ数日の湿っぽさはなく、兎に角空が高い。腹ペコでソファの上にうなだれている猫にご飯を準備して、それから自分のカッフェを淹れて、手早く身支度を済ませるなり外に出た。

本当のことを言えば、とても疲れていた。家でゆっくりしようかと迷ったが、思い切って外に出ることにしたのは太陽の光を浴びたかったからだ。どんな天気の良い日でも、陽が降り注ぐ時間を職場の中で過ごす私は大変な日光不足。それがたとえ冬の弱い陽であっても、太陽の光とは心に大きく影響するのだ。それから久しぶりに歩きたかった。歩いて歩いて、時々立ち止まって、私は日頃溜めていた諸々の私にとって無意味な小さな事を発散したかったのだ。太陽の光は温かくも風は思い切り冷たい。うっかり帽子を家に忘れてきたことを少々後悔しながら歩いていたら、向こうの方から知り合いが歩いて来るのを見つけた。彼は近所のバールの常連客で、Pasticcio(パスティッチョ)と呼ばれている。本当の名前は前に聞いたことがあるのに全然記憶にない。其れと言うのもバールに来る誰もが彼をそんな呼び名を使うからだ。しかし変な名前である。Pasticchioとは混乱とか、何だかぐちゃぐちゃになって良く分からないとか、つまり整然としていない状況を言い表すのである。私が知る限り、彼は少しも混乱じみていないし、むしろとても礼儀正しく明朗な好人物である。遠くから私の存在に気が付いた彼は手を挙げて、やあ、こんにちはと大きな声で挨拶を投げてくれた。そう言えば先週の土曜日の昼間も彼と道端で会った。この場所ではなく全然違う場所だったけれど。あなたはいつもこの辺を歩いているのねえ、と笑う私に、彼はほんの少し照れながら、シニョーラだってと言った。そう言えばそうだ。私もいつもこの辺りをうろついている。私はうっかり朝寝坊してこんな時間になってしまったのだ、10時間も寝てしまった、と言うと、歳をとると眠れなくなるものだから眠れるうちに眠っておくといいですよ、と彼は言った。はて、彼は私よりも若いはずだけれど。私のそんな疑問を抱かせて、彼は散歩の続きをするために歩き始めた。

13番のバスに乗って旧市街に行った。冬のサルディはまだまだ続くが、面白いことに少しも関心が湧かない。私はもう、春物を見たくてならなかったからだ。お買い得なものよりも、明るい色どりの、若しくは爽やかな陽気な印象の春物がショウウィンドウを飾ってはいやしないかと期待していたのだが、残念ながらどこにもなかった。別に買い物をしたかったわけではなく、ただ、目を潤したかっただけだ。まだ1月なのだから仕方がないといえばそうだけれども。例えば檸檬色のトレンチコートとか、さらりとしたシルクのシャツとか。例えば春のモカシンシューズとか。あとひと月ほど待たねばならないのかもしれない。ひと気のない裏道を歩き、ひと気のない小さな広場を横切り、人のいない教会に入って腰を下ろし、そうしてまた太陽の陽を浴びるために外を歩いた。疲れているうえに風邪気味だった。長く忙しく、息つく暇もなく働いた一週間が私を酷く疲れさせていた。でも、と思う。それでも私はこうして歩いている。太陽が出ている時間に私は自由に歩き回っているのだ。それは私の小さな楽しみで、それが許される限り私はまた新しい一週間を、あの陽の当たらない仕事場の中で黙々と働くことが出来るだろう。それでいて、今日は酷く疲れていた。2時間もしないうちに旧市街の散策を切り上げてしまった。
バスに乗って家の近くの停留所で降りた。すると道の向こう側から例のPasticcioが私に向かって大きな声を掛けた。Buon rientro! (お帰りなさい!) そう言って大きく手を振るのだった。可笑しな人だ。しかし悪い人ではない。挨拶を大きな声でする人は好きだ。そう言う人に悪い人は居ない。家に帰ると眠っていた猫が目を覚まして大きな伸びをした。やれやれ、もう帰ってきてしまったの? とでも言うように。

それにしたってこの体の痛みは何だ。風邪でも引いたのだろうか。それとも単なる疲れなのか。今夜は早めにベッドに潜り込むことにしよう。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
yspringmindさん、力強いですよ!
日を求めて散策。いまね、私も訳あって日の当たりが少ないところに間借りして住んでいます。この街の人々の冬の過ごし方に感服しますよ。人と家と車と自転車。連なる家家々。家の日陰。私は日の当たる場所で育ったので、すごいなーと思います。今居るここも悪くはないけれど、いったい全体みんなどこでホッと一息つくのだろう。広い公園があるわけでもないし。
実はね、ここに住むか、自分の田舎に住むか早急に答えを出すときなのです。街に住みたくとも、日の当たらない場所はまっぴらごめん。田舎は田舎でも人が少なすぎるところはどうかなー。

2015/01/25 (Sun) 14:09 | つばめ #- | URL | 編集
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2015/01/26 (Mon) 09:22 | # | | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。陽を求めての散策は、私の周囲ではよくあることなのですよ。この辺りの人達は、太陽の光を受けてエネルギーを充電するのが好きなのです。
陽当りは私にはとても大切なことなのです。朝日でも昼間の陽でも夕日でもいいから、兎に角光が差し込まなくてはいけません。今後どこに暮らすか考え中のつばめさん、良い選択が出来ますように。あ、私は、以前田舎に暮らしていて、あー駄目だ、私はボローニャ市内の暮らしが良いみたい、と気が付いて田舎の家を売り払ったわけです。今の家は前に比べたら断然狭いですが、しかし便利な場所にあること、だけど緑が沢山あって陽が射しこむことなどから、此処の生活が気に入っています。狭いのが難点。でも、全部を求めるのは不可能だったのですから、これで良しとしました。つばめさん、じっくり考えてくださいね。

2015/01/27 (Tue) 21:59 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。体調は今ひとつなのですが、しかし仕事に行けるのだから大丈夫。だけど、この季節は要注意ですね。
鍵コメさんの家、素晴らしい立地にあるのですね。素晴らしい。日が当たらないと言いますが、しかし午後の西日って立派な陽ですよ。思い存分楽しんでください。
私も、今から春が待ち遠しくて、ああ、あと2か月、何て言いながら生活しています。

2015/01/27 (Tue) 22:03 | yspringmind #- | URL | 編集

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