保つ心

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この一週間で周囲の木の葉が随分落ちた。夜中に吹く風のせいだろうか。それとも降り続く雨のせいかもしれない。私が愛してやまない、テラスの前に周囲からの視界を遮るように枝を広げる大きな木も、すっかり裸になってしまった。そんな様子を見ると、私はふと寂しい気持ちになる。厳しい冬を通り過ぎて暖かい春を迎えれば、再び新緑に満ちるであろうことをすっかり忘れて。

子供時代を過ごしたのは東京都下の平凡な町だった。家の近くには幾つもの公園があったが、私と姉、それから近所の子供たちが好んだのは学校の帰り道にある小さな森だったり、川の近くにある林だった。どんぐりの実を拾い集めたり、ごつごつした松ぼっくりを拾ったり。美しい色の葉を集めたり。私達はそんな素朴なことが楽しくてならなかった。今思えば素朴な心を持つ子供だったのだろう。そして私達は平和なよい時代に育った幸運な子供たちだったのだろう。夏の夕方遅く、子供たちだけで森へ行くのを大人たちは禁じたから、私達が森へ行くのはいつも明るい昼間の時間帯だけだった。一度だけ空がすっかり暗くなってから森を歩いたことがある。近所の子供のお父さんが、隊長となって連れて行ってくれたからだ。それは夏休みの子供たちのイベントのようなもので、私達は暗い空の下に枝を広げる大きな木が怪物に見えたりして、大騒ぎをしたものだった。と、その時、ひらひらと舞い飛ぶものを見つけた。鳥のようだが飛び方がぎこちなく、私達の頭上を幾度も行き交った。それはコウモリだった。コウモリは羽を広げると子供の肩幅ほどもあった。隊長はこの森にはコウモリが居るのかと驚き、もうそろそろ森を出たほうがよさそうだと言いながら子供を森から連れ出した。多分隊長はコウモリが怖かったのだろう。気持ちの良い姿ではなかったから。林の方は町の人たちがごく普通に通り道にしていたから、怖いことなどなかった。春には小さな花が咲き、何やら小さな緑の芽を大人たちは喜んで摘んでいた。あれは何だったのだろうか。野蒜だっただろうか、蕗の薹だっただろうか。大人たちが芽を摘むのを楽しむ間、子供は野の花を摘んで喜んでいた。木の枝の間から見える青い空。私はそれを見るのが大好きだった。そんな風にして育ったから私は木が好きなのだろう。街を歩いている時も木の様子が気になってならない。バスに乗っている時もそうだ。子供の頃に培ったものは、大人になってもそうそう変わるものではないということだろう。
13年前、日本に帰った時に姉とあの町を訪ねた。姉があの町を懐かしいと思っているからなのかもしれないし、私が恋しいと思っているだろうと姉が思ったからなのかもしれなかった。子供の頃歩いた道。よく吠える、客泣かせの犬が入り口に居座る小さな床屋も、なぜか金魚も売っていた豆腐屋も、隣のお茶屋さんも、奥にあった銭湯も、その前にあったパン屋も、すっかりそのまま残っていて私達を大変驚かせた。これらの店が地元の人たちに愛されている証拠で、これらの店に足を運んでいた私は嬉しくて胸がいっぱいになったものだ。店に足を運んでいたのは母のお使いを言いつけられたからであり、銭湯に関して言えば、家にお風呂があるのにと母に言われながらも週に一度銭湯に行くのがこの辺りの子供たちの楽しみだったからだ。そんな店の群れはあの頃から変わらず存在しているのに、森と林はもう見つからなかった。森と林があったところには公共の建物か何か、綺麗な姿の建物が居座っていて、私と姉をがっかりさせた。無くても良い存在と言うことなのだろうか。森や林を無駄と考えているのだろうか。私が恋しかったのはその森であり林だったから、それらがもう存在しないと知ったからには、ここを訪れることはもうないだろうと思った。私の子供の頃の思い出がたくさん詰まった森と林。もう存在しないのだと思ったら心の中で空っ風が吹いた。時代と共に変化していくのは仕方ないこと。でも、保つ努力も素晴らしいことだと思うのだけれど。
私がボローニャの好きなところは守る心だ。古くなったから壊してしまうのではなく、古いものを修復して保つ努力をする心。不要だと言って排除してしまうのではなく、余裕として保つ心。そう思うならば、私がボローニャに来たのは単なる偶然ではないということか。私はいつかこの町に辿り着くように仕組まれていたのかもしれない。

今夜はサルデーニャ島の赤ワインの栓を抜こうねと相棒と約束していたのに、いくら待っても帰ってこない。困ったなあ。ひとりで栓を抜いてしまおうか。きっと悔しがるに違いないが、私はもう待っていられない気分なのだ。


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コメント

子供の頃の情景が残っているのは素晴らしいですね。私の生まれた環境は田園です。少しずつ変わりましたし、まだ、変わろうとしている気配がします。なぜこんなに、ばったばった焦ったように変わるものだと思いますね。意味がわかって変わるのと流れのままに変わるのでは腑に落ちないと思うのです。一度だけのイタリア旅行で同席していた年配のおじさんも「イタリアの建物見てるとなんで日本の建物はあんなにとっかえひっかえ建てたり壊したりするんかな。」と誰もが抱く不思議を口にしていましたよ。
そうそう、yspringmindさんが言われるように、不要なものはいらないというのはさみしい。すべてがそこでつながっているのでしょうね。もう少し自分や家族を愛せるところから始められたらいいはずと思うのです。私もまだまだ。
yspringmindさんが、ボローニャに行かれた意味があると思います。
テレビで海外の特集を見ると「家族が一番大切。」って言ってるのを聞きます。あれは本心で言ってるのだと思うのですが、逆に言えば仕事の競争や世間が厳しいということでしょうか。それほどでもないかな。それとも家族も愛し隣人も愛してるのよ、バンザーイということなのかな。
いいところは見習わないとと思うのです。

2014/11/16 (Sun) 14:41 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。子供の頃の情景が残っているというのは素晴らしいと同時に、今の時代、奇跡に近いのかもしれません。日本を悪く言うのは好きではありません。だって自分の母国だもの。でも、古いものをいとも簡単に壊しすぎやしないかと、時々考えてしまいます。特に歴史のあるもの、そして自然。小さなオアシス。イタリアの頑固さは古いものを大切にすることから生まれているのかもしれないと、最近思うようになりました。
外国で、家族が大切、と言っているあれは全くの本心でしょう。例えばイタリアで言えば、家族との時間を犠牲にして仕事をするという文化はありません。家族を大切にできない、家族を喜ばすことが出来ないで、仕事も何もないだろう。と言う訳です。例えば家族と離れて外国に単身赴任などありえません。必ず家族がセットです。面白いのは、イタリアでは家族を考えずに出世欲向きだしの人は評価が悪く、家族を大切にできる、イコール、仕事もできるという哲学もあるのですよ。

2014/11/16 (Sun) 18:55 | yspringmind #- | URL | 編集

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