黄色い葉

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話によると明日からずっと雨らしい。秋も終盤に来て雨ばかり降ると、くさくさした気分になる。それでなくてもボローニャの秋は湿っぽいのだから、其の上雨が降ろうものならお手上げと言うものだ。勿論、トリュフやきのこの為には良いかもしれない。雨が降った後に育つというから。もっともそれも雨が降り続いては仕方がない。雨が降ってからりと晴れる、それがトリュフやきのこが育つ条件との話だから。
それで今日は最後の晴天と言うことらしく、暫く見ることのないだろう太陽の光を存分に楽しんだ。と言っても何処か丘を歩いたり街を散策したというのでもない。家中の雨戸をすっかり開けて、窓から太陽の光を家の中に取り込んだだけのことである。しかし何と気持ちの良いことか。大窓のガラス越しに黄色く色づいた木の葉を眺めながら、私は昨晩の夢を思い出していた。

それは私が海の向こう側に暮らす母と姉、そしてもう随分前に他界した父と共に暮らしている夢だった。私達4人が一緒暮らさなくなってから随分になる。それは姉が結婚したからであり、私がアメリカへと飛び出して行ったからだ。そんな私達が再び一緒に暮らしている夢。私達が一緒に食卓に集って話をしながら食事をしている夢。家族から離れてから23年も経っているから、そんなことにも慣れていると思っていたけれど、私の心の奥深いところには家族への愛がしっかり根付いているのかもしれない。私は夢を見ながらそんなことを思い、眠りながら泣いた。そして自分が流した涙で目が覚めて、それからすっかり眠れなくなった。
父は勤勉な勤め人だった。家族を養うために文句ひとつ言うことなく、定年退職の年まで働いた。子供だった頃の姉と私は、父が大好きで、時々夕方になると父を迎えに駅へ行った。家から歩くと15分ほどの道のり。あの頃は物騒なことなどなかったから、子供だけで何処かへ行っても叱られることもなかった。父の帰りの電車の時間はいつも同じだったから、到着時間に改札口の外側で待っていればよかった。そうすれば入れ違いになることもないし、父がすぐに私達を見つけて手を振ってくれる筈だったから。11月になると父は地味なコートにハンチング帽を被っていた。そんな父の姿を見つけると私達は大きな声でお父さん!と呼んだから、父は少し恥ずかしげで、それでいてふたりの娘が迎えに来てくれることが自慢げで、嬉しそうに笑った。まあ、私達が父を迎えに行くときは大抵何かを強請りたいからで、それは駅の前に在るマロニエ洋菓子店のモンブランだったり、ショートケーキだった。父もそんなことは重々承知で、私達と一緒に駅の階段を下りるとそのまま真っ直ぐマロニエ洋菓子店に吸い込まれていった。お母さんにはサバランを。と、父はいつもそう言った。変な形の、お酒が含まれた妙に甘い菓子で、こんなものが好きな母の気持ちが分からないと姉と私は眉をしかめるのが常だった。案の定、母はとても喜んで、夕食の後にケーキを食べるといつもよりも話が弾んだ。うちでは食事時には決してテレビをつけないというのが習慣だったから、私達はいつも食事をしながら今日のことを沢山話し合ったのだ。ところでそのサバランに、イタリアに来て遭遇した。それはババと言う名のナポリの菓子だ。私はそれを食したことが無いから、それにそもそもサバラン自体も食したことが無いから、それらが同一の菓子かどうか未だに定かでないけれど、見た目はまさにサバランなのであった。だからボローニャに暮らし始めてそれを見た時に、私は妙に懐かしくて、母にそのことを知らせたくて仕方がなかった。それでいて母と話をする時には、若しくは母へ手紙を書く時には、そのことをすっかり忘れていて、未だにイタリアにも母が好きだった、父がいつもお土産に買って帰ったサバランが存在することを知らせていない。
私は何時も早く大人になりたかった。大人になって何でも自分で出来る、何でも自分で決められるようになりたいと願っていた。いつの日か私はそんな大人になり、自分勝手に家族の元から飛び出したけれど、私はやはり家族の愛にいつも支えられていたのだろう。大きな大人の、こんな大きな大きな大人になった今頃、そんなことに気がついて、ちょっと遅すぎたなあ、と深い溜息をつく。

大窓の外の黄色い葉。そのうち地面に落ちてしまう。秋がもうすぐ終わる予感。早い冬がやって来る予感。


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コメント

昔の事を思い出すことを懐古趣味・主義とシニカルに言う人もたまにいますが、私は決してそうは思いません。楽しかった時の思い出を宝物のように大切にして、その瞬間をいつまでも思い出せるというのは、常に感性を磨いていなければできないことだと思います。

私が小さい頃見た見たサバランは、丸型でチェリーやアプリコット、カスタードクリームがのっているシンプルなものでした。ラム酒が入っているので、大人の菓子というイメージがありました。ババは、サバランと同じ材料ですが、レーズンが入っているところだけ異なりますね。どちらも美味しいです。
サバランがお好きならぜひおすすめしたいのが、ツーガー・キルシュ・トルテです。スイスの菓子ですが、キルシュ酒がたっぷり入った美しい菓子です。日本の菓子と欧州の菓子は甘さが全く違いますが、私は欧州の超甘い菓子が大好きです。

植物は動物と違って声をかけても返事はかえってきませんが、子細に観察していると、非常に興味深く大変面白いです。自然との繋がりを実感することに鈍感になってはいけないと常日頃思っています。

2014/11/10 (Mon) 16:37 | アルプス #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

アルプスさん、こんにちは。私は昔のことを思い出したりそれを考えて感謝したりするのが好きです。懐古趣味かも知れません。でも、過ぎてしまったことを忘れてしまったり過去に葬るのは残念だと思うのですがどうでしょうか。思い出は財産。私はそう考えているのです。
アルプスさんはお菓子にとても詳しいのですね。ババにレーズンが入っているとは今まで知りませんでした。スイスのツーガー・キルシュ・トルテは初耳です。これから探してみることにしてみましょう。しかしボローニャのどこでスイスの菓子を見つけることが出来るのか。それが問題です。
ところで私は木が好きなのです。のびのびと伸びた枝、頼りがいのある幹。風に揺れる美しい葉。だから家を探す時の条件が、窓から木が見えることだったのです。語り掛けても返事はないけど、心は通じ合うかもしれませんね。

2014/11/10 (Mon) 22:58 | yspringmind #- | URL | 編集

私が少しお菓子に詳しいとしたら、それは私が食いしん坊だからでしょう。
東京が大都市で、東京で手に入らない物はないと言っても、ツーガー・キルシュ・トルテはなかなかお目にかかれません。なので、これが食べたい時は、自宅近くの洋菓子店の店主がスイスの製菓学校を卒業された方なので、店主に頼んで作ってもらっています。
機会がありましたらぜひどうぞ。

2014/11/11 (Tue) 04:50 | アルプス #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

アルプスさん、食いしん坊ですか。言い換えれば、美味しい物好きですね。
確かに東京は何でも手に入る、世界でも珍しいくらいなんでも手に入る街ですね。しかし、それでもツーガー・キルシュ・トルテはなかなかお目にかかれないとのことですから、ボローニャでは到底希望を持てそうにありませんね。それにしたってついていましたね。近所の洋菓子店の店主に頼んで作ってもらえるなんて。こういうのを幸運と言うのですよ。

2014/11/12 (Wed) 00:08 | yspringmind #- | URL | 編集
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2014/11/12 (Wed) 14:17 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、はじめまして。お話は時々お嬢さんから窺っていましたよ。お嬢さんのことを思いながらブログを読んでくださるなんて嬉しいですね。有難うございます。最近は思うように書くことが出来ないのですが、その言葉を励みに更新していきたいと思います。
さて、マロニエ洋菓子店をご存知ですか。国立駅前と谷保駅前の2店、をヒントにネットで調べてみましたが、私の覚えている店よりかなり洒落ているので、同一のマロニエ洋菓子店なのかしら、と思ったわけなのです。しかしあれから何十年も経っているのですからお洒落になっても不思議ではありませんね。私は確かにその界隈に暮らしていたんですよ。それも10歳までのことなのですが。藍色の包み紙で菓子の箱を包んで細いリボンでひょいひょいと四方を結わいてくれた店のお姉さんの姿まで思い出すことが出来るくらい、私はあの菓子店が大好きだったのですよ。
こちらこそこれからもお付き合いお願いいたします。

2014/11/14 (Fri) 00:10 | yspringmind #- | URL | 編集

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