微妙

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夜中のうちに夏時間が終わって一時間時計の針を遅らせた為に、目を覚ますと窓の外は輝くような太陽に満ちていた。一時間の違いは何と大きいのだろう。空が暗いと目覚めが悪い私だから、これは大変ありがたいこと。勿論一時間夕暮れが早くやって来る訳だけど、あれとこれは常にセットなので在るがままを受け入れるしかない。
この季節は微妙。気候も微妙だけれど、私の心境も微妙である。楽しかった夏、その後の忙しい毎日を通過して、ぽかんと時間が空く頃、と言うとよいだろうか。そんな時に限って私は体調を崩すことが多く、熱を出して寝込んでいる間に色んなことを考える。考える。いや、夢に見ると言うほうが良いだろうか。

私はごうごうと音を立てて流れる滝の上流を眺めていた。今まさに水が落下するほんの少しだけ手前のところ。水量は言葉に表せぬほどで、微妙な緑色だった。今流れに飲み込まれたら、あっという間に違いない。と言う私に、怖いね、と友人が頷いた。ナイアガラの滝だった。13年ほど前にトロントに暮らす私の友人を訪れた際のことだった。一度は見てみたいと願っていた私の為に彼女が同行してくれたのだ。こんなに流れが速いとは、こんな緑色をしているとは、こんな轟音を立てて流れているとは夢にも思っていなかったから、そして何よりも想像以上の大量の水に圧倒されて、怖いと思いながらももっとよく眺めたいからと滝に近づいて彼女をとても心配させた。ねえ、もう帰ろう。滝に呑まれてしまいそうで怖いから。そう言って彼女は私の名前を呼びながら、幾度も腕を引っ張った。私はずっと見たかった滝を遂に見ることが出来た喜びと同時に、妙な不安みたいなものに駆られていた。不安の正体はわからなかったが、それは其の後、滝のことを思い出すたびに、ふわりと浮かび上がった。帰り道、私は正体のわからぬ不安を抱えてすっかり参っていた。彼女はそんな私を旅の疲れと思っていただろうか。私達はアメリカで一緒に暮らした仲で、しかもちょっとしたことで喧嘩や仲違いをして、仲直りをするたびに更に深く友人となっていった。良いところも悪いところもさらけ出してしまったから、互いのことがよくわかるのだ。だから彼女には、私が参っていた理由みたいなものが分かっていたのかもしれない。そんな時、彼女が鞄の中から小さな電話帳を引っ張り出した。誰かの電話番号を探しているらしく、パラパラとページをめくっていた時、それが私の目に飛び込んできた。知っている名前だった。平凡とは冗談でも言えない、ちょっと印象的な苗字と名前だったから、同一人物だと思った。それは私がアメリカに発つ前に手紙をやり取りしていた人の名前で、それから数年文通をしていた人だった。途中でぷつりと切れて、数年後に来た手紙はカナダからだった。そしてまたぷつりと切れた。それから5年程経っていた。そのことを友人に話すと、それは恐らく同一人物だろうと言った。その長身でスタイルがよくて美人、頭の回転の速さなどから。私の昔の文通相手だと知ると、何とかして連絡をつけてみようと約束した。運が悪かったのは、友人とその文通相手は単なる仕事上の付き合いで、文通相手は仕事を随分前に辞めてしまっていたために、折角付合い先の会社に問い合わせてくれたのに住所も連絡先もわからなかった。新聞に人探しの広告を出してみようかと友人は提案してくれたけれど、私はそのままにしてしまった。だからその文通相手のことはそのままになってしまった。人と人のつながりはとても不思議。例えばあなたと私のように。偶然何てことは無いのだと思う。だからねえ、探してみようよ。と、彼女は言ったけれど。夢の中で私は泣いていた。彼女が言った言葉に。人と人のつながりはとても不思議。例えばあなたと私のように。偶然何てことは無いのだと思う。彼女はそう言ったのに、数年前、私を残して天国へ行ってしまった。私とあなたは偶然などではなく、会うべくして会った仲なのに。
夢から覚めて私は思う。友人にしても文通相手にしても、皆、会うべくして会った人。あの文通相手の女性を、探してみようか。友人があの時提案してくれたように。でも、探し当てて何を言おうか。ううん、それは見つかってから考えればいい。私は会うべくして会ったその人を探してみたい。

夜の冷え込みは格別。外はもう10度もない。窓という窓と雨戸を閉めているというのに、何処ぞから冷えた空気が忍び込むよう。それで今夜初めて暖房をつけてみた。暖かくしていれば、微妙な心境も和らぐに違いないと思って。


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コメント

ちょっと言葉になりません。実際にはたくさんの水の量や音がすごいのでしょうが、それが消えて、緑色の色が気になられたことと、お友達2人のつながりがきれいにかさなって見えました。

2014/10/27 (Mon) 17:21 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、ナイアガラの滝は近くで見ると、自分の目の前で大量の水が流れていると、圧倒、と言うよりも心臓がどきどきするような怖さに似た気持ちになるのですよ。それは私にとって大事件にも似た経験でした。一生忘れなうでしょう。いなくなった友達のこと、探し当てるべき友人のこと。私はもう一度トロントへ行こうと考えているのです。

2014/10/28 (Tue) 18:56 | yspringmind #- | URL | 編集

そういえば、日本の女の子がその滝に落ちたというニュースがありましたが、増水した川や水路の様子を見に行って帰らぬ人となる、というニュースが台風シーズンの日本でよくありますが、あの大量の水というものはどこかしら人を魅了する不思議な力が宿っているのだと思えます。

2014/10/29 (Wed) 03:26 | ひろぽん #nEEbkvUM | URL | 編集
Re: タイトルなし

ひろぽんさん、こんにちは。日本の女の子がナイアガラの滝に落ちたって本当ですか。それは恐ろしい話ですね。私は川の増水は嫌いなのですが、あの、滝の流れの勢いには不安と同じくらいの魅惑を感じているのかもしれません。何か吸い込まれるような感じ。しかしナイアガラの滝に吸い込まれるのは恐ろしい以外の何物でもありません。

2014/10/31 (Fri) 00:13 | yspringmind #- | URL | 編集

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