ボローニャのこと

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食料品市場の店先に並んでいた橙色の柿。日本の、程よく硬くて柔らかい、甘い柿が懐かしい。真上から見ると角をとった正方形に似た、平たい、あの柿だ。イタリアに暮らし始めて初めて迎えた秋のある日、私は姑が大切そうに買い物の袋から取り出したものを見て驚いたものだ。柿。でもぶよぶよと柔らかかった。何てことだ、買った矢先から熟しすぎているではないかと驚く私に、姑はこうやってスプーンですくって食べるのだと見せてくれた。スプーンで食べる柿。それは例えばゼリー菓子を食べるような感覚で、しかし私の知っている柿とは似ても似つかぬもので、全然好きになれそうになかった。そして私は今もイタリアの柔らかい柿、スプーンですくって食べる柿を好きになれないでいる。それでは柿はもう食べないのかといえば、そうでもない。私は柿を探し続け、ようやく日本の柿によく似た種類のものを探し当てたのだ。勿論、私の覚えているあの美味しい柿とは同じではないけれど。その辺は仕方のないことで、私はそれなりに満足しているのだ。

ボローニャの旧市街を歩き回った。土曜日で人で一杯だった。多分好天気のせいもあるだろう。10月なのに生暖かい一日。街の人の半分は半袖姿。まるで9月初旬のような気候だったから当然ともいえた。半分は長袖姿。こういう天気の日が一番危ない。急に冷たい風が吹いて、風邪を引いてしまったら大変だから、と。人々は街を徘徊し、テラス席に腰を下ろして昼食をとり、お喋りを楽しみながらグラスのワインをくいっと飲む。こういう風景が、最近ボローニャでよくみられるようになった。いつの間にかそんな風になった。そう言えば、数日前の夕方、フランス屋に来たあの素敵な声のフランス人女性が言っていたっけ。ボローニャなんてと思いながら来てみたけれど、なんと活気があるのかしら、と。夕方そのまま家に帰るなんてもったいない。この街は、夜遅くまで街を楽しみたくなる空気がある。これは連れのイタリア男性が通訳していたのを横で聞き耳を立てて聴いたこと。連れの男性もフランス屋の店主もボローニャの人だから、ふたりともとても嬉しそうだった。私はそんな様子を眺めながら、ふーん、ボローニャをそんな風に感じ取ったのか、と彼女の好意的なボローニャの感想に大変興味を持った。私がボローニャに初めて来たときとは全く違う感想だったからだ。私が初めて得たボローニャの印象、感想は、ただ一言、閉塞感、だったから。もっとも閉塞感を感じるのは今では冬の暗い季節に限られていて、それ以外の季節は、そんなに悪くないかもね、と思えるようになったけど。

それにしたって夕暮れが早くやって来る。暖かいとはいえ、やはり10月中旬なのだ。秋とは、長く暗く寒い冬がやって来る前の、セレモニーなのだ。


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コメント

よくわかります。柿ひとつとっても、まさか自分が丸とか四角とかでわーわー言うとは思いもよらなかったのですが、からだに馴染んだ物は柿ひとつでもクエスチョンマークが私も出てきたことがあります。じぶんがそんなことを思ったことに、びっくりしました。そして、閉塞感も。風が通る場所に行くと自分の体を風が通り抜けて行くような気持ちよさを感じます。でも、やっぱりyspringmindさんは力強いと申し上げたらいいのかわかりませんが、そうじゃないかなとふと思ったところです。今日は、台風が来ています。

2014/10/13 (Mon) 01:23 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。私はイタリアの食生活にかなり順応していると思うのですよ。だって私の食事の99パーセントはイタリア料理なのですから。なのに、例えば林檎ならフジがいいとか、柿ならある程度堅くてしかし柔らかい甘い四角めの柿がいいとか、ちょっと拘りがあるんです。その辺が自分はやはり日本人なのだ、と思うのですよ。と言いながら冬になればシチリアのオレンジがやはり一番だ、などと声を大にして言うのですから、あまり偉そうなことは言えません。
そして閉塞感のことですが、風通しがいいと悪いとでは何と気分の違うこと。私は強いのではなく、多分とても頑固で忍耐力があるのではないかと分析してみました。
ところで台風、大変なことになっているようですね。

2014/10/13 (Mon) 21:41 | yspringmind #- | URL | 編集

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