フランス屋

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10月の美しい満月。美しいと言うのも良いけれど、綺麗と言ったほうがぴたりとくる。今日のは一段と高い位置に見えるのは気のせいだろうか。秋の月は情緒があって、どの季節のものよりも心に沁みる。地球の何処かで私と同じようなことを考えている人は居るだろうか。

帰り道にフランス屋に立ち寄った。本当は昨日寄りたかったが、酷く疲れていたからまっすぐ家に帰った。肺の辺りが苦しくて、深呼吸が辛かった。もしや風邪でも引くのではないかと心配して、早めに眠りに就きたかった。どんな薬よりも効果があるのは睡眠。体を横たえてゆっくりするのが一番なのだ。それで今日の夕方になった訳だ。店のテラス席は早くも埋まり始めていたが、店内のカウンターには客のひとりも居ず、いい感じだった。カウンターに人が居ないと言うことは、店の人とお喋りができると言うことなのだ。この手の店の良し悪しは勿論店に置いているワインやチーズが大きなポイントであるけれど、もう一つ大切なのが店の人達。こちらの話に乗ってこないようなのは駄目。その点ではこの店は100点満点の100点だった。店主はグラスにいい赤ワインを注いでくれた。そうしているうちにふたりの客が入って来た。ひとりは恰幅の良い55歳前後のイタリアの男性。身なりから想像するに、何か良い、責任のある職に就いているような感じだった。もうひとりはもう少し若く見える外国人女性。何人だか分からなかったが、着こなしからしてイタリア人でないことだけは確かだった。そう思った瞬間、女性の口からフランス語が飛び出した。ああ、フランス人なのかと思いながら、こんな感じのフランス語は初めて耳にしたと思った。相槌を打つ男性。フランス語だが明らかにイタリア人と分かるフランス語だった。むしろ、フランス語というよりもボローニャの方言に似ていた。店主はふたりを目を丸くして迎えた。ふたりが上の階を見たいと言って階段を上っていくと、棚に置かれていた手がでないほど高価な白ワインを私に見せた。ねえ、君。このワインを知っているかい? あの女性はこのワイナリーの人なんだよ。あの男性はフランスのあちらこちらから選び出されたワインを輸入している貿易会社の社長さんさ。あのふたりが僕の店に来るなんてねえ。店主は早口の小声で私のそう教えると、上の階から降りてきたふたりに笑顔を向けて、注文のシャンパンをグラスに注いだ。店主と客のふたりの会話はフランス語とイタリア語と英語が入り混じり、頭が可笑しくなりそうだったが、それはそれで興味深かった。それにしても女性客のフランス語の素敵なこと。魅力的なこと。まるで音楽のように聞こえた。低いトーンの声が素敵だった。このアクセントは、一体どの辺りのものなのだろう。そうしているうちにふたり客は勘定を済ませて店を出て行った。店主に訊いてみたら彼女はフランス南西部の人であることが分かった。ボルドーよりもさらに下の辺り。美しいところなんだよ、あの辺りは。そう言う店主に、フランス語も美しくて魅力的だったと私が付け加えると、ああ、パリの辺りとは違う、違うフランス語だったねと同意したようだった。あんなフランス語が話せたらいいのに、と思った。

あんなフランス語が話せたらいいのに。闇を照らすように明るく輝く月を眺めながら呟いてみる。言葉にしたからと言って願いが叶うでもないのに。彼女は気がついているのだろうか。彼女の声がどんなに素敵で、どんなに魅力的な話し方をしているか。今日の夕方、偶然店に居合わせた客をこんなにも魅了したことを。もう一度声に出して言ってみた、月に私の願いが聞こえるように。月が私のお願いをかなえてくれるようにと。私はあんなフランス語を話せるようになりたい。


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コメント

お久しぶりです。

ずいぶんご無沙汰しています。
以前も同じハンドルネームでコメントさせていただいておりました。
前回イタリアを訪れてから12年も経過してしまいました。最近、学生時代や20代、30代の頃に知り合いだった人に会うことが多く、そろそろイタリアにカムバックする時期の暗示かなと思ったりしています。

ここ数年、だいたい2009年夏あたりから海外渡航を再開し、主にアジア諸国を中心に楽しんでいます。所謂「新興国」としてのエネルギーを感じますが、同時に、落ち着き成熟した欧州の良さも少なからず知っている自分としては、少々残念だなと思うこともあります。

エネルギッシュだった20,30代を過ぎ、すでに40代後半の私です。これからの欧州旅行ではこれまでとは一味違った旅をしてみたいものです。あ、でも結局、大きなリュック背負って、ユースホステルで世界の若者とルームシェアして滞在するんだろうと思ったりもしています。

久しぶりのコメントでつい書きすぎました。もう当地は相当寒くなっているのでしょうか?ミラノ近郊に住む大学時代の友人がそれほどでもないと昨夜LINEでメッセージをくれましたが、ボローニャは如何に?ご自愛ください。

2014/10/09 (Thu) 02:29 | ひろぽん #nEEbkvUM | URL | 編集

体調はよくなられたみたいですね、よかった。
日本人が中国や韓国の人をなんとなく見分けられるように、イタリアとフランスの人の雰囲気があるんですね。女性から見て魅力的な低い声の女性って日本になかなかいないタイプの人だと思うのですが。フランス語が流れるように。聞いてみたいものです。

2014/10/09 (Thu) 16:31 | つばめ #- | URL | 編集
Re: お久しぶりです。

ひろぽんさん、こんにちは。お久しぶりですが、元気そうですね。
イタリアに訪れてから12年が経つそうですが、思うにあまり変わっていない反面、驚くほど変わった部分もあるにう違いありません。久しぶりにイタリアに来てみる、というのも良いかもしれませんね。落ち着き成熟した欧州の良さ。良い響きですね。これからやって来る長い冬は、落ち着きを通り過ぎて退屈と言っても良いかもしれないけれど。
ところで40代後半で大きなリュック背負うってかなりしんどくありませんか。それとも、ひろぽんさんは体力の方は自信があって問題が無いのかしら。
今年のボローニャの秋は温暖。しかしいつ急変するかわからず、雪の多い、長く厳しい冬になると世間で騒がれています。

2014/10/11 (Sat) 19:00 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。体長の方はよくなったり戻ったり安定しませんが、寄り道してワインなど飲めるのですから心配はありません。ご心配、ありがとうございました。
イタリア人は日本人と中国人を見分けることが出来ません。こんなに違うのに?と思うけれど。日本人はその点見分ける目を持っているのかもしれませんね。私にはイタリアとフランスの人は格段に雰囲気が違うのです。何処、とは言えないのですが、同じお洒落な女性でもお洒落の感じが違う。
フランス語は音が柔らかいので低い声で話しても、まるで風が揺れているように聞こえて素敵なんです。日本には声の低い女性が少ないですね。ヨーロッパでは低い声の女性は大人という印象があって、細くて高い声よりも好まれるみたいですよ。

2014/10/11 (Sat) 19:08 | yspringmind #- | URL | 編集

ご丁寧に返信ありがとうございます。
体力は、自分では年齢的には普通だと思っておりますが、
周りの友人はそうではないと思っているようです。
見た目が若く見られがちなので、おそらく年代のアベレージよりは
体力はある方でしょう。
思うに、体力は好奇心と表裏一体ですね。
両方がうまく融合していれば、重いリュック背負っても
なんとか旅を楽しめるのではないかと思う次第です。
ああ、それでもまた年末はフィリピンへ行ってしまう私(笑)

2014/10/14 (Tue) 03:10 | ひろぽん #nEEbkvUM | URL | 編集
Re: タイトルなし

ひろぽんさん、体力は好奇心と表裏一体、とは美味いことを言いましたね。言われてみて、成程、そうかもしれrない、と思いました。ということは、近年体力が低下している私は、年齢的なことばかりではなく、好奇心が無くなってきたのかな、とも思いました。それは大変残念なことだと思います。気をつけようっと。良いお言葉、ありがとうございました。

2014/10/15 (Wed) 23:53 | yspringmind #- | URL | 編集

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