穏やかな秋

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日本は雨だと姉からメッセージが届いた。こんなに天気の良いボローニャからは想像出来ないほどの雨だそうだ。テレビをつけたら日本で行われているF1レースの中継をしていたが、成程、前が見えない程の、酷い雨だった。同じ地球なのにこんなにも違う。理解している筈なのに、それでもやはり不思議に思える。不思議は神秘。そうだ、自然とは神秘なのだ。

そう言えば焼き栗屋をまだ見ていない。と、思い出したのは昨夜のことだった。10月4日の祝日には焼き栗屋が出ていても良いはずなのに。19年前の10月4日、私はボローニャ郊外の酷い田舎に住んでいた。それは相棒の知人の家で、いわゆる農家だったから、田舎であるのは当たり前のことだった。しかし家からバス停まで何もない一本道を30分も歩かねばならなかったのには参った。こんな道を歩いているのは私だけだったし、それにこの辺りに暮らす東洋人も私だけだったから、目立って目立って困っていた。まるで街中に雉やタヌキ、それとも河童でも出現したかのような驚きの目を車の中から投げかけてくるのだから。でも、私はバスに乗ってボローニャの旧市街へ行きたかったのだ。誰に車で送ってもらうでもなく、自力で。それで10月4日にバスに乗ってボローニャへ行った。バスはあちこちに停車するため45分もかかった。そんなに遠い町に暮らしているのか、私は、とバスに乗るたびに思ったものだ。祝日なのでことごとく店が閉まっていた。だから焼き栗屋がやたら目に入った。ボローニャの中心に建つ2本の塔の前からまっすぐ走る大通り。その通りの片側には天井の恐ろしく高いポルティコが存在して、焼き栗屋はその下に在った。しかも3軒並んで。同業者が並んでいるなんてことはあり得ない。新参者の私は自分の目を疑ったが、確かに焼き栗屋が3軒並んでいた。仲が良いらしい。どうやら長年こんな風にして上手くやっているらしかった。そんなことから10月4日にはポルティコの下に焼き栗屋が並んでいる、と頭に刻み込まれた訳なのだが、さて、今年は一体どうしたのだろう。栗が不作なのかもしれない。それとも焼き栗屋のおじさんたちは病気なのだろうか。焼き栗を求める人が少なくなって、店を畳んだのだろうか。いいや、きっと不作なのだ。何しろこの夏は雨ばかり降ったから。そう自分に言い聞かせてみるものの、寂しさはぬぐえない。しかし、と思い直す。私はきっと見逃したのだ。いつもの場所に焼き栗屋は居たに違いない。ボローニャのポルティコの下の焼き栗屋は秋冬の風物詩と言っても過言ではないのだから。そうだ、明日の仕事帰りにでも確認することにしよう。そうして焼き栗屋を見つけたら、一袋購入するとしよう。私に為に、相棒の為に、相棒の母親の為に。何しろ焼き栗は私達の好物なのだから。

秋が少しづつ深まっていく。賑やかな夏の後の秋は、私の心を穏やかにする。


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コメント

私のところはそうでもなく風が強かっただけですが、東の方は台風の雨がひどかったようですね。傘がひっくりかえった映像がよく流れていました。
どこに住んでも、あまり顔を凝視されるのはいい気がしませんね、私は日本であるのですが、あれは興味からなのか動物的本能からなのか何なのか。
焼き栗、いいですね!秋が深まった感じが伝わってきます。

2014/10/06 (Mon) 16:33 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。この頃台風が多くありませんか?私が日本で生活していた頃は、こんなに沢山、次から次へと台風は来なかったような気がするのですが。記憶違いでしょうか。
あの当時の上から下までなめるように見るあの仕草は、アメリカだったら大喧嘩になりかねないほどの失礼なものでした。相棒が、気にしない、気にしないと横から小声で言っていましたが、一度舅が酷く怒り、随分失礼なんだね君は、うちの嫁に何か文句でもあるのかい、と喧嘩を売った時から、もういいや、気にしないことにしよう、と思うようになりました。其れまであんなに、腸がひっくり返るほど怒っていた自分なのにね。ははは。
ところで焼き栗屋さん、出ていました。本格的に秋ですね。

2014/10/06 (Mon) 22:05 | yspringmind #- | URL | 編集

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