真珠の街

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ブダペストへと続く道のりは、雨に酷く降られて散々だった。しかし正しく言うならば、散々だったのは相棒の方で、激しい雨に叩かれながら何時間もにわたる車の運転は辛かっただろう。そんなだから予定よりも時間が掛かったけれど、道に迷うこともなくすいすいと宿に到着することが出来た。この宿に泊まるのは3度目。一番初めの時は左折が出来ぬために同じ界隈を5度も6度も廻って大変だったと覚えているから、それを思えばスムースな到着と言っても良かった。このところヨーロッパは気まぐれな空に振り回されっ放し。私と相棒の旅もまた、そんな空に左右されっぱなしである。私達の小さな望みは、久しぶりにここで友人知人たちに会うこと、そして数年前に足を運んだ骨董品店で小さな絵画を探すことだった。このふたつの楽しみがあるならば、天候がどうであれ楽しむことが出来るはずだった。

翌朝は空気が雨に洗われて気持ちがよかった。しかし、空に敷き詰められた鼠色の雲を針でつついたらば、今にも雨が降りそうな、そんな朝だった。私の旅は歩くことから始まる。いつもの調子で歩きはじめたら、相棒がすぐに音をあげた。数年前はあんなに元気に歩いていたのに。どうやら車ばかり使う生活で、脚が弱くなったらしい。困ったな、と思いながらも滅多に共に旅が出来ない私達だから、今回は相棒に合わせることにした。私達は最寄りの地下鉄駅に辿り着くと、ブダペスト市内を自由に動き回れるようにと3日間のパスを買った。此れさえあれば地下鉄もバスもトラムも自由に乗り降りできる。歩くのがすっかり苦手になった相棒をあまり歩かせずに散策を楽しめるのだ。それにしてもこの街の人達は、誰か困った様子の人が居るとすぐに手を差し伸べてくれる。例えば地図を広げて、えーと、えーと、と考えていると、必ずと言って良いほど助けてくれる。外国人と話すのが好きなのかと思ったら、そう言う訳でもないらしい。年配の人が重い荷物で大変そうだと、若者が寄って来て荷物をもって一緒に歩いてくれる。私はそんな様子を眺めながら、この街には今も昔の良いものが残っていると思っていると、昔はイタリアもそんな風だったのにどうして変わってしまったのだろうと相棒が呟いた。どうやら彼もまた同じことを考えていたらしかった。私達のブダペストはそんな風にして始まった。

それにしても肌寒かった。人々はもう上着を手放すことが出来ず、夜にもなれば革のジャケットを着こむほどだった。8月20日の祝日が過ぎると夏が終わって急に涼しくなる、と昔友人が言っていたけれど、どうやら本当らしい。このところの雨のせいもあるけれど、街はすっかり秋めいていて、哀愁さえ漂っていた。何度も訪れているブダペストだけれど、9月に来るのは初めてだった。数年前にEUに加盟したハンガリーだから、新たなる発展を求めて様々なことが動きはじめようとしているようだ。同時に思うようにいかず、ストレスも溜まっているに違いなかった。街は新旧が混乱していて、それは楽しくもあり苦悩でもあった。何処の国のどの町もが一度は通過したある一種の時期を、ブダペストが通過しようとしている、若しくは立ち向かおうとしているように見えた。昔この街は東欧のパリと呼ばれていたそうだけれど、多くの芸術家がこの街に魅せられて吸い寄せられるようにやって来たようだ。政治的にあまり自由が無かったこの街に。私がこの街の魅力の罠にはまったように。幾度も来ているのに飽きもせずにブダペストにやって来た相棒もまた、同じ部類の人間なのかもしれなかった。

ブダペストの魅力。それは真珠のような響きがある。眺めれば眺めるほど深みにはまる。其れがダイヤモンドでないところが面白い。街の魅力もそこに住む人達の親切な心も、真珠のように美しい。


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