冷たい雨

DSC_0001 small


Ferragosto は夏の終わりとはよく言ったもので、昨晩からボローニャは酷く冷え込んでいる。朝方から雨が降り始めたらしく、地面が濡れて黒く光り、太陽の出ない空を眺めていると10月の風景にすら見えた。もっとも暑いよりは良い。この程度の冷え込みならば文句のひとつも言うまい。近年夏の暑さにめっきり弱くなった私は、少し前の35度以上の暑い日が少し続くと眩暈などして寝込んでしまうのだ。別に何処が悪い訳でもない。単に暑さに弱くなっただけだ。
昼過ぎに外に出た。こんな日は家に居たいものだけど、こうでもせねば家から一歩も出ないに違いないからだ。それは家が快適だからと言えば聞こえが良いが、単なる出不精である。旧市街までバスに乗ってしまえば10分という場所に暮らしているのだから、この好条件を利用しない手はない。放っておけば家に籠ってしまうに違いない自分の背中を、さあさあ、と言いながら自ら押すのである。小雨が降っていた。半袖シャツの上に薄手のカーディガンを羽織っていたが、それでも肌寒かった。道行く人達は風除けのジャケットやコットンセーターを着込んでいて、何だ、人一倍寒がりの自分が一番薄着ではないかと気がついて、苦笑した。旧市街は強い雨が降っていた。でも大丈夫、旧市街にはポルティコが巡っているから。その下を歩けばよかった。通り過ぎた旅行者らしき女性の耳元を見て、昨夜のことを思い出した。

特別なことのないFerragostoの一日と思っていたところ、遅い時間に相棒に誘われて近所のレストランへ行った。もう22時を回っていたが私達は夕食がまだだったからだ。店は家から歩いて5分と掛からぬところにある、いつもの場所、と言う名の店だ。ピアノーロの家を人手に渡してボローニャ市内に暮らし始めた日に私達はこの店で昼食をとった。相棒は若い店主と顔なじみだったらしく、手厚くもてなしてくれたのが印象的だった。ボローニャの仮住まいとして借りたアパートメントから直ぐ其処だったこともあって、私達は何かにつけて店で食事を楽しむようになった。そのうち店主の若く美しい妻と知り合い、小さな子供たちと知り合い、姑と知り合い、気がついたら店で働くすべての人達と顔見知りになっていた。元々、気さくなタイプの家族経営の店であるが、それにしたってメニューにないものまで作ってくれるようにるとは、誰が期待していただろう。何よりもあまり凝りすぎていないところがよかった。この店のポイントは感じの良い店主であるが、それにも増して素晴らしのは姑だった。姑と言っても老女ではない。恐らく60歳前後の、元気な女性だ。彼女がこの店のカギを握っていると言ってもよかった。彼女の作る料理、彼女の作るデザート類と言ったら。それで彼女はいつも厨房に居るので会うことはあまりない。ところが昨夜は厨房を閉める間際に転がり込んできた迷惑な客が私達だと知って、テーブルまで挨拶に来てくれた。私達はひと言ふたこと言葉を交わし、彼女は再び中に入って行った。そうして出てきたのが大皿に盛られた魚介のスパゲッティで、それをふたつの皿に取り分ける給仕係が、やあ、今夜のは気合が入っているな、と言って笑ったぐらい魚介が満載だった。グラスの白ワインと魚介のスパゲッティだけの夕食。でも満足だった。店を出る前に彼女が厨房から出てきてくれた。絶賛すると、そうでしょう、美味しいのを食べて貰おうと思って腕を振るったのよ、と言って大きな笑みを湛えた。と、彼女の耳元のイヤリングに目が留まった。料理をしていると化粧もできない、爪も塗れない、指輪もブレスレットもつけられない。髪だって、ほら、このとおり。だからイヤリングで遊ぶのだと彼女は言った。それにしてもイヤリングは夏にふさわしい、しかし決して派手でない小さな金の鎖につながれた赤い珊瑚、小さな金の貝殻、金のヒトデ、そして他に幾つかのものがぶら下がっていて、耳の下でそれらがジャラジャラとしているのだった。自作かと訊けば、15年以上も前に買ったのだと言う。ジャラジャラしていて妙だけど、夏になるとこれをつけたくなるのだと言いながら、どうしてかしらねえ、といった表情をして見せた。その表情がまるで若い娘のようで可愛かった。幾つになっても可愛い女性。それが私が得た、昨夜の彼女の印象だった。そして、私もそんな女性でありたいと願った。

通り過ぎた旅行者らしき女性の耳元に赤い珊瑚の小さなイヤリングがあった。赤い珊瑚なんて、今まで身に着けてみたいとも思わなかったが、他人が付けているのを見る限り大変魅力的である。ふーん、赤い珊瑚ねえ。冷たい外気は17度もない。ねえ、私達の夏は本当に終わってしまったの? 空に問いてみたが、冷たい雨が降るばかりだった。


人気ブログランキングへ 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する