特別なことのない、ごく普通の毎日

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先週の土曜日、旧市街を歩いていたら前から歩いて来る人に挨拶された。Ciao。見れば若い男性で、年のころは20代半ばと言ったところ。気楽なシャツにバミューダパンツという姿で私に笑みを投げかけていた。私はと言えば相手が誰だか分からず、あんぐりと開いた口が塞がらなかったが、挨拶されたのだからと、取り敢えずCiaoと返した。こんな若い男性の知り合いはいただろうか。行きつけのバールやカフェの常連のひとりだろうか。確かに何処かで会ったこともあれば話したこともあるに違いない、ただ、彼が誰なのかどうしても分からなかった。私の表情は明らかに困惑していただろう。彼は私の横を通り過ぎていった、ちょっぴり残念そうな表情で。私は彼を目で追っているうちに思い出したのだ。ああ、彼だ、ダニエーレ。と言っても彼は友人でもなければ友人のそのまた友人でもない。私達は行きつけの化粧品店の販売員と客なのだ。幾人もの販売員がシフトを組んで働いているが、仕事帰りに立ち寄ると大抵彼が居て、私の探し物をはいはいと取り出してきてくれたり、相談に乗ってくれたり、頼みもしないのにこんなにがあるから試したらどうかと小さな器にクリームなどを入れてくれてる、それが彼だった。多分店の中で一番感じが良い、親切な人である。でも、互いに名を呼び合う仲ではない。他の販売員が彼の名前を呼んでいたことで、彼がダニエーレという名であることを知っただけだ。いつもは決まりの制服みたいなものを着てぴしりとしているから、普段着姿の彼が誰だかすぐに分からなかった。時々しか行かない、沢山の客のひとりの顔をよく覚えていてくれたものだ、と私は酷く感激した。それともサーヴィス業の人と言うのはそういう才能に長けているのだろうか。兎に角そのことは、私に大きな驚きを与えた。

家にばかり居るのもなんだし、今日は酷い暑さでもないし、散歩にでも行ったらどうか。と相棒に言われてしまう程、私は家でごろごろしているらしい。家ですることもあまりないし、雨が降っている訳でもなければ35度の猛暑でもない。それでは小一時間散歩に出かけるとするか、と重い腰を上げて、バスに乗って旧市街へ行った。店が閉まっているのは良いとしても、バールやカフェまで閉まっているのは残念だった。だから開いている店は何処も混雑していて、ちょっと店の人と雑談しながら小休憩、なんてことは出来そうになかった。ちょっと本屋に立ち寄って、ちょっと雑貨屋に立ち寄って、ちょっと食料品市場で野菜や果物を買い求めたら、他にすることは無かった。何時もならあそこも歩こう、あれも見てみようと案が次から次へと浮かんでくると言うのに。帰りのバスは最悪だった。13番のバスが一向に来なかった。そもそも待っているのは私と老女のふたりだけで、それは如何に乗客が少ない時期であるかの証拠だった。と、老女に話しかけられた。ねえ、あなた、13番のバスは来るのかしら。それはまるで、ひょっとしてバスは来ないんじゃないかしら、とも聞き取れる口調だった。それで私も随分長く待っていること、今日は平日だからバスはいつも通り子のバス停を通らねばならない筈であること、それにしたって今日ばかりじゃない、毎日こんな風でバスに乗るのが嫌いになってきたことを口早に言うと、老女は、うん、と大きく頷いて、だからこの時期はボローニャから脱出して何処か素適なところに行くのが正解なのよ、と言った。その言い方がとても面白かったので、それでその素敵なところとは何処なのかと訊ねてみたら、そうねえ、コルティーナ辺りが涼しくていいわね、と返してきた。コルティーナとはドロミテ山脈の町のひとつだけれど、他のそれらと違うのはイタリア中の豊かな人たちがこぞって別荘を持ちたがる、夏は涼しくて冬はスキーを楽しめる、山にして大変洒落た、社交場みたいなところである。老女の口からコルティーナの名前が出てきたことにはっとしながら相槌を打っているうちに、バスが来た。老女は運転手に随分待ったわよ、と丁寧な柄はっきり言って席に着いた。そうして暫くしてMurri と呼ばれる界隈に入ると老女は下車した。どうやら彼女はこの辺りの裕福なご婦人らしい。この辺りの裕福なご婦人は、便利だからと気軽にバスを利用するが、ちょっと桁外れの裕福さに、それを知る度に驚かされる。確かに改めて見てみればアイロンが綺麗に掛かった白い麻のブラウスに白いパンツスタイルで、髪を大きな象牙の髪留めで綺麗に後ろに纏めて身綺麗にしているのが、言わずともどんなご婦人かわかると言った感じだった。多分、コルティーナには毎年行っているに違いなく、ただ、今年は何かの理由で街に残ってしまったのだろう。私とは違う。多分どうしてもボローニャから離れられない理由があったのだろう。

夕方になって驚くほど涼しい風が吹き始めた。剥き出しの足首が痛いほどだ。家で沸かせばいいのにわざわざ近所のバールにカッフェをしに行ったのは、ボローニャに残っている人達と一瞬を共有しようと思ったからだ。いつものバールの店員。いつもの常連たち。ああでもない、こうでもないと大騒ぎしながら、私達は誓った、来年の夏は絶対にボローニャを脱出しようと。


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