大切なこと

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私がイタリアに暮らし始めて直ぐに目についたのは、工事中の様子だった。オレンジ色のバリアで閉鎖されていて、それでなくとも工事中の路面がさらに嫌な感じだった。私はどうやらオレンジ色のバリアが嫌いらしく、其ればかりが視界に飛び込んできて私を酷くイライラさせた。それにしても何処もが工事中だった。周囲の話を集結すると、集中して一気に片付けようとしないから何時になっても終わらず、そのうち別のところでも工事が始まってこんなことになってしまうのだそうだ。シフト制でもないらしく、その様子はまるで会社員のようだった。美しい町並みがオレンジ色のバリアで囲われていて、残念だと思った。見た目もさることながら、困るのは道路の工事だった。いったん閉鎖されるとなかなか開かない。6月9日に閉鎖されたSTORADA MAGGIOREの道路工事は何と12月7日まで続くそうだ。話によると新しいバスの為の工事らしい。新しいバスも良いけれど、この界隈の人達は正直あまり快く思っていないようだ。此処が終わったら今度は別のところで始まるに違いない新しいバスの為の道路工事は、これからボローニャの人達の悩みの種となるだろう。

今日はイタリアの二戦目。前回のような夜の中継ではなく、18時からのイタリア、コスタリカ戦。仕事を終えて帰るとどうしても始まる時間に間に合わぬ。そう言う訳で多くの人は早めに仕事を切り上げることにしたらしい。近所の会社は何処も既に閉まっていた。そんな中、私は旧市街へ行った。案の定旧市街もひと気が無く、混んでいるのは大きなスクリーンを持つバールやカフェばかり。そんな人たちを横目で眺めながら私が行ったのは、フランス屋だった。二戦目に関心が無かったわけではない。ただ、私という人間は、映画でもサッカーでも始まりから観ることが大切なのだ。はじめを見逃してしまうと関心がどうしようもなく萎えてしまうのだ。ところでフランス屋は何時になく閑散としていて、何時もいるはずの店主すら不在だった。若い女性店員は見慣れぬ顔で、最近入った人に違いなかった。今日は店主が居ないのね、と私は話を切り出した。すると店主は用事があって後からくるのだと彼女は言った。あらあら、もしかして店主までイタリアの二戦目を家で観ているのではないでしょうねと問い詰めると、彼女はたった今気がついたように目を見開いて、ああ、用事とはもしかして観戦のことだったのかもしれない! と感嘆した。お客さん、あなたの推測力はすごいわねえ、とでもいうような感じで。私は彼女にチーズの持ち帰りを頼んだ。それはいつもここで購入するもので、最近は何処のどんなチーズよりも気に入っているのだ。これをつまみに赤ワインを頂くのが良い。特に今日のような夕方は。暑くもなく寒くもなく、ほんの少し涼しい風が吹き渡る夕方は。彼女は上手に切り分けてくれたが、うっかり大きく切り分けてしまったと言って詫びた。見ると確かに大きめだったが、いや、なに、私ともう一人これを好物としている人が家に居るから問題はない。大きく切った為に目方が増えて値段も張ったが、最近質素な生活をしているからよいだろう。レストランにも行っていないし、友達と夕食に出掛けることもないし、欲しい靴もサルディが始まりまで買うまいと辛抱しているのだ。代金を払い、店主に宜しくと一言残して店を出た。近所のバールは観戦客満席だったが静かだった。誰もが息を飲み込んでテレビに釘付けだった。予想はしていたがコスタリカは強く、イタリアは苦戦しているようだった。

家で観戦している相棒の心配な様子が目に浮かぶ。それとも何をもたもたしているのだと自国のチームに腹を立てているかもしれない。こういう時はむやみに家に戻らないのが得策。私は散歩してから帰ることに決めた。人のいないポルティコの下をゆっくり歩いた。車すら通らないから静かな夕方だった。こつーん。こつーん。と靴の音がした。私は柔らかいモカシンシーズを履いているから音はしないはずなのに。と、後ろを振り向くと後方に老女というには若々しい笑顔を持つ人がゆっくり歩いていた。髪は既に銀髪で、70代半ばだろうか。さらりとしたワンピースに低い踵の靴を履いていた。何も訊ねていないのに、彼女は言い訳でもするように言った。バスがね、寒いのよ。それで下車して歩くことにしたの。そう言って彼女は私に笑いかけた。どうやらバスに一旦乗ったものの、車内の冷房が強すぎて我慢が出来なかったらしい。私も彼女のように冷房が苦手で、あまり寒い時は下車して歩いてしまうから、気持ちはよくわかる。其れで何処まで歩くのかと訊くと、私の大好きなジェラート屋さんCAPO NORDの更に先まで行くと言う。それは随分長距離ではないかという私に、大丈夫、急いでいないから、歩いていればそのうち辿り着くわ、と言って私に手を振って追い越して行った。ショックだった。歩いていればそのうち辿り着くとは。それは地道で、しかし、もしかしたら一番良い手段なのではないだろうか。今の時代は早くて簡単な方法ばかりを探して、ぜいぜいと息を荒くしているけれど、ストレスばかり溜まって良いことなどひとつもない。もしかしたらこんな風に楽しみながらゆっくりゆっくり歩を進めていくのが、人間らしくて楽しくて、大切なことなのかもしれないと思った。

イタリア二戦目は勝利を挙げられず。帰ると家の中は、悲しみの湖だった。相棒に、ポルティコの下で会った老女の話をするのはまた機会にしたほうが良いだろう。


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コメント

このお話好きです。サッカー観戦の裏に起きている静かな生活。関係ないひとまでも、巻き込んでしまう観戦しているひとの声援。
どいつも盛り上がってます。試合のために早退なんてざらで、仕事の食堂まで大きなスクリーンを出してサッカー観戦を促す始末。。わたしもファンではないんですが、今の時期スクリーンがない場所を探すほうが一苦労なんです。笑

2014/06/29 (Sun) 08:54 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: タイトルなし

inei-reisanさん、こんにちは。イタリアはあっという間に撤退です。気のせいか、あの日から誰もワールドカップのことを話題にしなくなりました。何か、自分たちのプライドにかかわること、なのでしょうね。近所のカフェはワールドカップの為にそれはそれは大きなスクリーンのテレビを購入したので、イタリアが予選リーグで終わってしまった今は、大きなテレビがとても悲しげに見えるのです。イタリアはもうすっかり平常の6月です。

2014/06/29 (Sun) 23:20 | yspringmind #- | URL | 編集

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