午後

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子供の頃の夏休みを思い出させるような土曜日の午後。ボローニャは急に気温が上がり、もはや初夏などと呼べるものではない。昨夕街角で見た温度計は32度を示していたし、今日も昼から30度を超えているらしい。家中の窓という窓を開け放して風通しを良くしているせいか、暑さによる不快感はない。が、地上を歩く人々を見ればすぐわかる。誰もかれもが夏の装いだ。思えばもう6月だからおかしくもないのだ。そうだ、1998年の6月6日、ボローニャは43度まで上がったのだ。何故そんな昔のことを今でも良く覚えているかと言えば、あの日の午後、夕方というには少し早い頃に姑が倒れて大騒ぎしたからだ。あの日は若い私でさえ辛くて、顔に汗をかいてはタオルで拭い、やれやれ、と言う一日だった。そんなところに姑が倒れたとの連絡があって駆けつけた時に路上の温度計が43度を示していたのでよく覚えていると言う次第である。もう16年も前のことだけど。姑は、あの後救急病院に運び込まれて命を取り留めたが、長い治療にも拘らず完治することなく、不自由な生活を続けている。不自由であるが何しろ医者や周囲の人々の監督下にあるために、実は家族の誰よりも健康と言って良い。食欲があり、肌のつやも良く、かなりの年齢なの数年まで白髪のひとつもなかった。それくらいの利点があってもよいだろう。

テラス越しに眺める外の様子。私が思春期を過ごした家から見えた様子に重なった。実を言えば似通ったものはひとつもない。そもそも私がすごしたあの言えば、田舎町の更に田舎に位置する、長閑すぎる場所だった。家の近くには店もなく、駅へと続くバスの停留所も随分と歩いた先にあった。でも、私が見つけた共通点はそんなことではなく、色だ。エミリア・ロマーニャ辺りによくある黄色ともオレンジとも言い難い建物の壁の色。強い夏の日差しがそれを照らし、俄かにできる濃い影。そして周囲を取り囲む背の高い木々が風に揺れ、見ている私の眠気を誘う。私が暮らした家にもそんな情景があった。あの家を離れて20年以上たつ今になってそんなことを思い出そうとは、と私は酷く驚くのだ。消えてはぐるりと回って忘れた頃に蘇る記憶。それを私はいつも不思議に思う。

剥き出しになった足元を緩い風が触りながら通り過ぎていく。汗をかくこともなく。外の僅かな物音に耳を傾けながら過ごす午後。こんな時間が続くとよい。少なくともあと少しの間くらいは。


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