通り雨

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幾つになっても月曜日が苦手だ。何時か月曜日が苦手でなくなるに違いないと、学生の頃に思ったことがあったけれど、あれから何十年も経つのに少しも進歩が無い。成長が無いと言えばよいのか。何時までも未熟だと言うことか。苦手な月曜日はいつもの生活をするのが精一杯、だから無難に一日を過ごすことに決めている。そうして火曜日が来るのを待つのが良い。私はもう長いこと、そんなふうだ。
夕方、通り雨に降られた。向こうの空が暗いとは気がついていたが、こんな風に降られるとは思っていなかった。小さな屋根付き停留所でバスを待つが、何しろ横殴りの雨だからバスを待つ私達は強かに濡れてしまった。そうしてようやく来たバスに乗り込んで3分も走ると、其処は雨が降った痕すらなかった。どうやらあのバス停の辺りだけ雨が降っていたらしい。ああ、ついていないなあ、と思いながら、しかし私は、通り雨という言葉の響きだと思った。通り雨。ちょっといい感じ音が含まれている。

私がアメリカに暮らし始めた頃、私は自分の多少なりの自信とは裏腹に言葉がちっとも話せなかった。それは多分気後れみたいなものだったのだと今の私は思うのだが、あの頃はそれなりに真剣に思い悩んだりしたものだ。そんな私の周りには、そんな私を気遣う親切な人たちがいて、私はとても感謝していた。ただ、私はそれを上手く言葉で表すことが出来なくて、残念に思っていた。ある日の午後、私は鞄に紙とペンを突っ込んでカフェを目指して歩いていた。人とうまく話が出来ない分だけ、私は手紙に気持ちを託すことに励んでいたと言っても良かった。元々私は書き物が好きだったし、元々私はそれほど話し上手でもなかったし、それからどちらかと言えばひとりで過ごす時間が好きだったから、成るべくしてそうなったと言っても良かった。私の目的地は大通りの左手にある、一面ガラス張りのカフェだった。そこはちょっといい感じで、洒落た人たちが通うカフェだった。私はそんなカフェの隅っこに腰を下ろしながら手紙を書き、時々周囲を観察するのが好きだった。ところがあと200mと言うところで雨に降られた。それは突然の雨で、ちょっと走って、なんてことは許されそうにもない激しい雨だった。大粒で、あっという間に路面が濡れて黒くなった。私はどこかに身を寄せようと辺りを見回したら本屋があった。それはこの辺りでは有名な本屋で、一度入ってみようと思っていたから全く都合がよいと思ったが、軒下に入ってみると店は閉まっていた。残念だったが、取り敢えず雨宿りが出来るのは有難かった。あとからふたり組が雨宿りに加わった。彼らは私よりも一回りほど年上に見える恋人同士、に見えた。それとも単なる友達同士だったのかもしれないけれど。私達は互いに衣服に纏わりついている雨粒を手で払い、いつ雨が止むのだろうかと言わんばかりに空を見上げていた。そのうち女性の方が面白いことを言った。カリフォルニアには雨が降らないって話ではなかったか、と。私はそれを聞いてピンと来たのだ。それは随分前の、確か70年代の歌で、でも正しくは南カリフォルニアには雨が降らないといった内容の歌だった。私は急に嬉しくなって、ふと声にしたくなった。違うわよ、それは南カリフォルニアよ。するとふたりが、えっ、という顔で私を見おろした。彼らはとても背が高かったからだ。そうよ、南カリフォルニアには絶対雨が降らないっていう歌よ。私が繰り返しそういうと、ああ、そうだ、そうだと言って喜んだ。こんな小さな東洋人がアメリカ人にアメリカの歌の題名を教えるのが、可笑しくて仕方がないと言うように。私は彼らと笑いながら、なんだ、話をするっていうのはそんなに難しいことではないのだな、と思った。雨は単なる通り雨で、5分もしないうちにすっかり止んだ。私達はさよなら、を言い合って別れ、それぞれの行き先へと歩き出した。通り雨。案外素敵だと思った。私は目的のカフェで手紙を書き終え、店を出て歩き出した。少し行ったところで物音がした。コツコツとガラスを叩くような音。ひょいと傍らを見てみたら、先ほどのふたりが私があまり入ったことのないカフェの窓際に座っていた。通り雨の時にちょっと言葉を交わした私をもう一度見掛けたので、挨拶のひとつもしようと思ったらしかった。私は手の平をぱっと広げてまたね、と合図すると、彼らもまた手の平をぱっと広げて挨拶を返した。一度きりの出会い。一度きりの会話。通り雨が生んだ一瞬の出会いだ。上手じゃなくたって、うまく表現できなくたって、話しをするって大切なことだ。私はそう思いながら、自分がいつか話好きになる予感みたいなものを感じた。
あれから私は随分と話好きになった、以前無口だったと言っても誰も信じないくらいに。あの雨が無かったら、私は今も黙りこくっていたのかもしれない。

通り雨はもう一度戻ってくるだろう。上空が鼠色の雲に覆われて、雨の匂いを含んだ冷たい風が吹いている。通り雨。いいや、本格的な雨かもしれない。今夜は月が霞んで見える。


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コメント

私はyspringmindさんの、こういう素敵な一期一会の話が好きで、読んでいて(なぜだか)嬉しくてニヤニヤしてしまいます。
顔を覚えてもらって気さくな話をする仲間も素晴らしいですが。

きっと私もそういう瞬間に憧れているからかもしれないですね。

2014/05/13 (Tue) 11:35 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集
度々すみません。

アルバート・ハモンズという人なんですね。歌っているひと。
メロディは知っていたのですが、歌の詳細や歌手は知りませんでした。

iTuneで探して買ってみまーす。笑

2014/05/13 (Tue) 11:40 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集
Re: タイトルなし

micioさん、こんにちは。私も多分、昔はそういう瞬間に憧れていたと思います。そうして私はこんな風にして人と話をするのが好きになりました。一度しか会わない人との一瞬のお喋りは、思いのほか長いこと記憶として残るようです。思い切って話しかけてみれば、案外簡単なことなんですよ。micioさんにもこんな一瞬がありましたら、どうぞ話をしてみてください。
さて、この歌は今聞き直してみれば実に古い感じの歌なのですが、23年前はそれほど古臭く感じなかったのですよ。古い感じ、でも長閑な良い時代の感じで、良いと思います。

2014/05/13 (Tue) 22:30 | yspringmind #- | URL | 編集

雨の写真が届かないー届かないーと騒いでたら、雨の記事がここに書かれていました。いったいどこにいってしまったんでしょう。。

2014/05/16 (Fri) 00:23 | ineireisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: タイトルなし

ineireisanさん、こんにちは。雨の写真とは。もしやそれはSeptemberさんの写真でしょうか。心配ですねえ、早く届くとよいけれど。この春は雨がふんだんに降ったので、緑豊かな夏になりそうですよ。

2014/05/16 (Fri) 22:01 | yspringmind #- | URL | 編集

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