夏の訪れ

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5月1日。ヨーロッパ中がこの日を祝う。もとを正せば労働者の日であるが、同時に私達は夏の訪れを祝うのだ。もっとも夏というには少し肌寒いし不安定な気候は春そのものだけど。そもそもイタリアの春は短くて、春と冬を行き来している間に夏になる、というのが常である。だからいつから春でいつから夏かは誰にもわからず、だからこの日を夏と定めているのかもしれない。そんな今日はつかぬ間の晴天に恵まれ、朝から暖かい空気が漂っていたので薄手のカーディガンを羽織って外に出た。勿論首元にはスカーフを巻いて。此れだけはまだまだ手放せそうにない。

祝日に旧市街へ行くのにはわけがあった。薬屋さんに用があったからだ。昨日のうちに済ませておきたかったのに、閉店時間に間に合わなかったのだ。イタリアの薬屋さんと言えば、ボローニャに住み始めたばかりの頃は本当に戸惑うばかりだった。週末は基本的に閉まっていて、地域の薬屋さんが当番制であけていると言う具合だった。日曜日に開いている店に行くと、いつもよりはるかに高い値段で買う羽目になった。つまり日曜祝日は働いている人の賃金が高い、ということであろう。だから私は日曜祝日には気をつけねばならなかった。いつの間にか薬屋さんの世界も進化を遂げて土曜日もごく当たり前の顔をして運営するようになり、日曜祝日も駅と町の中心の薬屋さんだけは必ず開いていて、いつもと同じ値段で薬を購入できるようになった。昔のことを知らない人はそれが当たり前というだろう。しかしほんの15年前を覚えている人にとってみれば、まったく有難い変化なのだ。それで今日は祝日なのでマッジョーレ広場の前に位置する薬屋さんへ行った。混んでいるだろうとは想像していたが、まさかこんなことになっているとは。まるで土曜日の午前の食料品市場のような混雑だった。入って直ぐのところでとった順番待ちの番号は51番。ただ今対応している客人の番号は20番。成程、私の前に30人も待っているらしかった。こういう時はいらいらしても仕方がない。運の良いことにこの店は広々としていて物色するものがふんだんにある。私は人混みを離れて薬屋さん見学を始めた。肌に優しい基礎化粧品。頭皮を傷めないシャンプー。これは私はいつも使っているものだが、最近新製品が出たらしい。どれどれと手に取っていると店の人がやってきて、あれこれ説明してくれた。基本的にイタリアの薬屋さんの店員は薬を扱う免許を持つ専門家で、ドクターと呼ばれてもいるから説明ひとつも気が利いている。それから今度は肌の手入れ。そうこうしているうちに順番が来て、やっと目的のものを手に入れて外に出た。出る前に最新の番号札をちらりと見てみたら既に80番台になっている。どうやら今日は夕方まで常に30人待ちということらしい。

外は太陽の光に溢れていた。店という店が閉まっているが、カフェやレストランだけは例外らしい。そういえばローマに暮らしていた頃、同じようなことを誰かと話した覚えがある。そうだ、それは私の上司だ。ボローニャからひとりでローマにやって来て、イタリア人たちと共同生活をしながら仕事をしていた私を不憫に思っていたらしい彼は、時々友人や同僚たちと食事に出かける時に誘ってくれた。家に帰っても相棒が居るでもなく、夕食くらいみんなで賑やかに食べたほうが良いだろうと言うことで。それで5月1日、私はそんな日なのに仕事だった。何処も休みなのに仕事とは、全くついていないと思っていた。ああ、夕食は冷蔵庫が空っぽだから外で済ますしかないが、一体何処へ行ったらよいだろうと思っていた。夕方の仕事を終える頃になると休みだった上司と同僚たちがふらりと中に入って来て、皆で食事に行こうと言った。しかし今日は何処も休みではないかという私に、食べ物屋さんだけは必ず開いているものなのだと自信ありげに言う彼らについていくと、確かに食事をするところだけは何処も灯りをつけていた。早くも暑くなりはじめていたローマ。もう夏が訪れていたのかもしれない。賑やかなお喋りとワイングラスやフォークの音。街路樹の新緑が風に揺れる音。私のローマの5月1日は、そんな風だった。相棒と離れて暮らしたローマは、私の大切な思い出。寂しくなかったと言ったら嘘になる。でも、私は守られていたのだ。沢山の友人たちに。私が寂しくないようにと、私が楽しく暮らせるようにと皆が見守っていてくれたように思う。もう18年前のことだ。今思い返しても、幸運だったと思う。

天気が良い日は夕方が長い。こんな夕方は家事などしている場合ではない。例えばテラスに椅子を出して、ひとり静かに本を読んだり。例えばジャケットを羽織って近所のバールに行ってみたり。こんな祝日だもの、楽しまなくては。5月1日だもの。


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