バールにて

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まだ空が明るい夕方。もうじき20時になろうと言うのに空がまだ明るい。明るい空に月。限りなく満月に近い月。真珠色に輝く其れを眺めていると、月を眺める心の余裕があることに気がついて感謝する。特に良いことがあるでもないが辛いことや悲しいことがあるでもない。それを一纏めに言えば幸せと言う。いつもの生活をいつも通りにできることや、空を眺める余裕のあること。当たり前で当たり前ではないこと。昼食の後に近所のバールに立ち寄ったら、シャンパン色のプードル犬が居た。飼い主はラフな装いをした女性。このバールの常連らしいが私は会ったことも話したこともない。犬は私を見るともぞもぞ近寄り膝に擦りついた。可愛いではないか。それなのに犬は何年か前に道端に置き去りにされていたと言う。飼い主は見つかったが引き取るのを拒んだために、道端で犬を発見した彼女が引き取ることになったそうだ。犬にもいろんな人生がある。バールに居合わせた人達とそんな話をした。私たち人間にもいろんな人生があると誰かが言ったらば、ああ、そのことに関してはあまり考えたくないと言って私達はばらばらと話の輪から去って行った。

もうじき復活祭と言うことで、どんな風に連休を過ごすかが私達の最大の関心だ。もっとも復活祭は何時だって悪天候で、今年もまた例外ではないらしい。山へ休養に行く人達。海辺で太陽を浴びる計画を立てる人達。心配の種はひとつだけ。天気なのだ。何処へ行っても雨が降っては気分が台無しと言うものだから。その点私は復活祭にこの心配をしたことは今まで一度だってない。復活祭は何時もボローニャから出たことが無いからだ。あれこれ計画を立てる人たちを横目に羨ましい気持ちが無いでもない。しかし羨ましがっても仕方がないのだ、私の復活祭は何時もボローニャでと決まっているのだから。君は何処へ行くの? と訊かれるたびに今年もボローニャと答えているうちに、君は今年もボローニャかい? と訊かれるようになった。苦笑いしながら、心の中ではそれも案外悪くないのよと答える。そうだ、天気の心配をしなくてよいのは案外気が楽なものである。

バールを出る時にシルヴァーノ老人に会った。昨年12月に最愛の妻を亡くしてから、悲しみ暮れて酷く痩せてしまった。人に会えばおくやみばかりで悲しみが増す一方だと言って、暫く私達の前から姿を消していた。冬が終わってようやく少し元気になったらしい。再びバールで姿を見かけるようになったのを私達はとても嬉しく思っている。多分、いやきっと、彼も此処に戻れたことを嬉しく思っているに違いない。バールとは、他人同士が集まる場所。遠くて近い存在の人達が集まる場所。


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