あの風景

DSC_0030 small


相棒が隣の部屋から声を掛けた。テレビで映画をやっているらしい。見に行ってみると70年代にサンフランシスコで撮ったイーストウッドの映画だった。サンフランシスコ。私達が暮らしていた町。其処で知り合って結婚したから、私達にとっては思い出がたくさん詰まっている町なのだ。そして私は其処に暮らすことを何年もの間望んでいたこともあって、思い入れの強い町でもあった。画面に映っているのはテレグラフヒル辺りらしく、私がまだ相棒と出会う前の、友人たちと一緒に暮らしていた頃によく歩いた辺りだったから思わず話すのも忘れて見入った。

あの頃私は酷く貧乏だった。銀行口座に入っていた預金はもう直ぐ其処をつきそうだったし、ジーンズのポケットには数ドルしかなかった。家賃だけは一度も欠かさず払うことが出来たけれど、バスのマンスリーパスは買えなかった。お金に関してはそんな具合だったけど、私には若さと元気があったから、何とかなると思えたのだ。私は仕事を始めたばかりだった。仕事を終えると18時でくたくただったが、私は歩いて家に帰った。1番のバスに乗ったら、それともケーブルカーに乗ったらどんなに楽だったか知れない。何しろ帰り道はひたすら上り坂だったから。けれどもそんなことですら、私は楽しかったのだ。私は好きで好きで恋い焦がれていた町に暮らしていたから。時々、仕事帰りに寄り道をした。コロンブス通り辺りのカフェに行った。私はそこで手紙を書くのが好きだったのだ。まだ空の明るい夕方に、半分しかテーブルが埋まっていないカフェのガラス際に腰を下ろして。何か飲み物を注文して、1時間ほどテーブル席を占領するのだ。それは至極の幸せであり、私にとっては大変贅沢な時間だった。バスに乗るお金は節約するのに、カップチーノと切手代だけが節約できなかった。手紙を書き終えて長々と居すわらせて貰った礼を述べて店を出たら、アパートメントを目指して歩くのだ。上り坂ばかりだったが、上り詰めたところで背後を振り向いた時に見るテレグラフヒルが美しかったから辛くなかった。その情景はある写真に似ていた。写真は職場の後輩にあたる男性からもらったものだった。手のひらほどの大きさの写真で、彼が学生時代にサンフランシスコを旅行して撮った写真だった。私が仕事を辞めてサンフランシスコへ行くと知った彼は、私と小さな共通点を見つけたらしく、無性に写真を私に渡したくなったらしい。特に接点のなかった年下の彼からそんな写真を貰ったことに驚いたが、私はそれをもってアメリカに渡った。その写真は簡素なフレームに入れられて出窓の柱に掛けられた。素人写真だけど良い写真だった。見れば見るほど好きになった。ある日、カフェの帰りに坂道を上ってふと振り向いた時の驚きと言ったらなかった。写真によく似た風景だった。私の鼓動は早くなり、彼は此処に立って写真を撮ったのだろうかと考えた。

あの風景がテレビの画面に映っていた。私は声を出すのも忘れて見入った。そして相棒も。私達が若い時代を過ごした町。何十年経っても忘れることのない町。イーストウッドがまだ大変粋だった頃の映画を見ながら、相棒はどんなことを考えたのだろう。私は・・・私は写真をくれた彼のことを考えていた。彼はあれからもう一度あの町に訪れることが出来たのだろうか。あの写真の場所に再び立つことは出来たのだろうか、と。


人気ブログランキングへ 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する