光沢

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旧市街はそんな雨空のせいで妙に冴えない。しかしコスメティック関係の見本市が開かれている為に、ただ今ボローニャには洗練された人達が多く行き交う。そんな人々が横を通り過ぎると、いつもの風景が違って見える。洗練された男性たちの共通点は、シンプルで素材重視、だろうか。それは衣服の素材ではなく、顔だちであり姿である。そんな人々は何を身にまとっても美しい。相棒がそれを聞いたら深く腹を立てるに違いない。洗練された女性たちにはあまり共通点が無く、10人居たら10通りの美しさがある。相棒がそれを聞いたら随分女性贔屓だねと窘めることだろう。

信号待ちをしていて、ふと後ろを振り返った。光沢だった。それは有名な貴金属店のショーウィンドウで、誰もが一度は足を止めたくなるような美しい装飾品が並ぶ空間だ。手が出ないにしても美しいものを眺めるのは良いことだ。良いものを見極める目と感覚がこんな風にして養われるのではないかと思う。それで私が振り向いたには理由があって、それは装飾品ではなく、恐らく絹か上質のコットンに違いない糸の玉が目に入ったからだ。苦いチョコレート色の光沢のある糸。銀色の装飾品を引き立てるために並べられたに違いないが、私には引き立て役のそれらの方が魅力的に映った。こんな糸で襟ぐりの大きい緩めのセーターを編んだらどうだろう。白い細身のコットンパンツによく合うだろう。私はそんなことを考えて、ふと昔に引き戻された。母と伊勢丹の毛糸売り場に行くのが好きだった。家の近くにも毛糸屋さんはあったのに、母がわざわざ新宿の伊勢丹に出向くには訳があった。そこには驚くほど沢山の種類の糸が並んでいたからだ。国産物、輸入物。様々な素材に様々な色の波。まるで糸の展覧会のようだと子供の私は思ったものだ。大抵母にはどんなものを作り上げるなどというイメージはなく、気に入った糸に巡り合った瞬間から何を作るかを考え始めた。だから店の人にどんなものを作る為の糸を探しているのかと訊ねられると大そう困った顔になった。私は伊勢丹の毛糸売り場が大好きだった。好きな毛糸をもつけては、こんなセーターを編んでもらおう、あんな帽子を編んでもらおうと想像しては母に強請った。母はイタリア製の糸を買った。イタリア? そう、イタリア。まだイタリアが何処に在るのかも知らなかった私は、いたりあ、イタリア、と繰り返しながら家に戻ると地球儀を回して探した。そしてこんな遠くから来た糸だとわかると、海の向こうからやって来た糸がさらに美しく輝いているように見えた。母が編んだのは頭からかぶる大きなセーターだった。緩めに編んだセーターは様々な色が混じり合っていて美しかった。それを着て出かけると母は更に美しく見え、いつも誰かしらに褒められた。そんな母が私の自慢だった。苦いチョコレート色の光沢のある糸をみていろいろ想像する癖は、多分母譲りのものだろう。知らないうちに私は母から沢山のことを引き継いだらしい。それに気がついてうふふと笑う。行き交う人々は私がしぶく輝く装飾品に見とれていると思っただろう。それすらも何かおかしく思えた。

たったの1時間で家に帰って来てしまった。私は天気に左右される女。こんな天気の日は家に居るほうが無難らしい。


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コメント

きれいなしぶい糸ですね。宝石同様、目の保養になりました。おもしろい組み合わせですね。苦いチョコレート!まさに。イタリアの糸のお話し、おもしろいですね。

2014/04/06 (Sun) 13:57 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。写真では本当の光沢が表現できず残念です。何しろ美しい糸なのですよ。実はこのジュエリーのシリーズの名前が”毛糸玉”なのでそれで組み合わせたわけですが、苦いチョコレート色が冷たい印象の銀色を美しくを引き立てていて、色の選択センスのよさに脱帽でした。

2014/04/06 (Sun) 22:04 | yspringmind #- | URL | 編集

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