オレンジに捧ぐ

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昔から果物が大好きで、中でもみかん類が好物だった。冬になると箱でミカンを買うが、何しろ家族皆が無類のみかん好きだったから見る見る間に底がつき、そうしてはまたはみかんを購入した。アメリカへ行くと何故かみかんに関心が無くなり、バナナばかり求めるようになった。いやそればかりではなかった。甘い熟れたマンゴーは私の好物で、店先でそれらを見つけると素通りすることが出来なかった。それに驚くほど安かった。チャイナタウンでは大きな熟れたマンゴーが3つでたったの1ドルだったから、気軽に購入することが出来たのだ。アメリカを後にしてボローニャに来ると、マンゴーは妙に硬く青臭く、しかも恐ろしく高価だった。バナナとの付き合いは断ち切ることなく今も続いているけれど、マンゴーとは自然と疎遠になってしまった。その代りに他の美味しいものを見つけた。夏の無花果。杏。甘い桃。そして冬に出回るシチリアのオレンジ。私のボローニャ生活の中で一番おいしいオレンジを手に入れることが出来たのは、フィレンツエ旧市街の路地に面した小さな食料品店だった。職場のすぐ近くだったから昼休みに買い込むこともあれば、仕事帰りに立ち寄ることもあった。大型店とは比べようもないほど高かったが、私はそれでも構わなかった。熟れていて甘くて美味しいオレンジを丁寧に剝いて口に放り込む喜び。それは例えようもないくらいの喜びだったから。フィレンツェ通いが5年続いたから、その間は美味しいオレンジ三昧だった。だけどボローニャに仕事を得てフィレンツヘに行かなくなると、美味しいオレンジを手に入れることが途端に困難になった。そこの市場で、向こうの店で。いろいろ試してみたが、何処も今ひとつだった。ようやくいい店を見つけて通い始めたが、街の中心のその店は外国人とみると少し値段を上乗せする悪い癖があった。あら、可笑しいわね、値段が違うでしょう?と指摘すると慌てて値段を打ち直したり、つり銭が少ないと指摘すると、おやおやと言いながらもう一度計算機を叩き直したり。私はそういうのが嫌になり、その店に通うのを止めてしまった。そんな店がボローニャに存在するのかと思うとまったく残念でならなかった。私は後悔し、つまらない店を選んでしまったことを反省した。さて、それでは何処でオレンジを買えばよいか。いろいろ考えたところで思い出した。何時も帰りのバスから見える、ポルティコの下のあの店はどうだろう。店内は内装と呼べるものはなく、がらんと殺風景で、野菜や果物が淡々と置いてある、あの店はどうだろう。それで周囲に訊きまわってみると、なかなか良い店だと言うことが分かった。店に立ち寄るには途中下車せねばならなかったから、今まで車窓から眺めるだけだった店。思い切ってバスを降りて行ってみると、繁盛しているではないか。特売品もあれば高級品もある。見る限り新鮮で宜しかった。暫く待って自分の番が来た。熟れているシチリア産のオレンジが欲しいというと、これはどうだろう、あれはどうだろうといろいろ見せてくれたので、その中で熟れている証拠に柔らかく、いい匂いを放つものを選ぶと店主は笑いながらお客さんはオレンジをよく知っているらしいなと言った。私は大振りのそれらを10個買い込むと、再びバスに乗って家へと急いだ。その店のオレンジはとても美味しかった。数日後には食べ終えて、また店に行った。客は居ず、店主が私に話し始めた。ねえ、お客さん。イタリアの女っていうのはいつも何かしていて忙しいったらありゃしない。そう思いませんか。それで私は店主に言った。イタリアの女だけじゃないと思うの。多分それが女と言うもので世界共通なのではないかしら。女は気が利くのよ。それから色んな事に気がつくの。素晴らしいことだと思うわよ。そんな私の言葉に店主は苦笑いしながら注文のオレンジを吟味しながら袋に入れてくれた。すると店主の妻が言葉を続けた。それから女はねえ、男の我儘に目を瞑る方法も知っているの。たまには妻に感謝しなくちゃねえ。どうやら夫婦はちょっとした諍いをしていたようだ。奥の方に居た、既に成人した大きな息子が首を左右に振りながら溜息をついていた。そんなこともあるだろう、家でも仕事場でも一緒に居れば。店を出るときに店主の妻が言った、お客さん、また来てね、と。自分の味方をしてくれたのが嬉しかったのかもしれない。あの店主は見るからに頑固者そうだから。

それにしてもなんと美味しいオレンジ。オレンジは4月半ばまで店に置くそうだから、あと3週間ということか。今のうちに堪能しておかなくては。


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