赤い月

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昨夜の月は妙に赤かった。イタリアでは卵の黄身を黄と捉えずに赤と呼び、ここに暮らし始めた頃はその呼び方に違和感を感じていた筈なのに、今夜の月はちょうど卵のロッソみたいに赤い、と呟く自分に苦笑した。いつの間にか、そんな呼び方が沁みついてしまったらしい。しかし本当に赤かった。まるで血の通う生き物のように見えた。

そいうえば私は昔から月夜が好きだった。春先の月の美しい晩は、家にまっすぐ帰るのが惜しい気がして、訳もなく彷徨ったものだ。アメリカに暮らしていた頃の、特に結婚するまでは、何しろ気楽な生活だったから、同僚にじゃあまた明日と挨拶をしてから家に帰るまでたっぷり時間をかけて楽しんだ。私は人混みを避けながらなだらかな坂道を上り、下りを繰り返しながら海が見えるところまで歩くのが好きだった。と言っても埠頭や海岸まで行くことはあまりなく、坂の上から向こうに在る海を眺めるのだ。月の光に波が輝くのを眺めるのは、贅沢な楽しみだった。船笛に耳を澄ませながら、ああ、これは大西洋を横断する大きな船だとか、いいやこれは向こう岸からのフェリーボートだとか、想像するのも好きだった。そうだ、私が好きだったのは何も月夜ばかりではなかった。船笛。こんなに素敵なものはなかった。私は海のない町に生まれて育ったから、この町に暮らし始めてたちまちこの音の魅力の虜になった。恋に落ちたと言ってもよく、耳を澄ませているだけで鼓動が早まるほどだった。夜、眠りにつく頃、時々船笛を耳にすることがあり、すると私はこの上なく穏やかな気持ちで深い眠りに陥るのだった。結婚するまではと言ったが、実は結婚してからも私は実に自由気ままな身分だった。互いの家族から離れて暮らしていたものだから、互いがあまり拘束さえしすぎなければ実に気ままで自由だった。だから、私は仕事帰りに友人と会ったり、夕食に出掛けたり、時にはひとりで散歩を楽しんで家に帰った。自分が自由な分だけ相棒も自由で、私達はそれぞれの人間関係を変えることなく、うまくやっていたのだと思う。月夜が好きで船笛が好きで自由が好きで。好きなものはまだまだ沢山あるけれど、こんなに好きなものもあまりない。

3月は忙しい。もう半分が終わり、残りの半分が始まっている。忘れ物はないだろうか。私は自分に問いかける。


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コメント

こんばんは。
赤い月って、見ているとゾワゾワしてなんだか不安になってくるのですが、その怖さも目が離せなくてちょっと楽しかったりして。
月といえば、以前yspringmindさんが散歩をしていたときに、旦那さんから電話がかかってきて
"月がキレイだから見てみて。"と知らされた話が好きです。
小説みたいですよね。
月が綺麗ですね=愛しています
という意味だと言っていた日本の小説家は誰だっけかなあ?

2014/03/23 (Sun) 17:37 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集
Re: タイトルなし

micioさん、こんにちgは。赤い月は少し怖いですね。今にも歩き出しそうで。血が通っているように見えるのですよ。それにしても随分前の日記に書いたことを今でもよく覚えていてくださいましたね。ありがとう。恐らく小説のように、月が綺麗ですね=愛しています、などとは相棒は考えなかったと思います。単に私が無類の月好きの為に教えてくれただけのことだと思うのですが。そうですか、そんな小説を書いた日本人がいるのですね。大変ロマンティックですね。

2014/03/23 (Sun) 23:32 | yspringmind #- | URL | 編集

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