ボローニャの春

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土曜日の外出。何週間ぶりだろうを感激する。平日はまるで当然のように職場へと足を運ぶが、かといって帰り道に寄り道を楽しむでもなく、転げ込むようにして家に帰る、そんなことが長いこと続いていた。だから外出しようと思えるようになったのは元気になってきた証拠、散策を楽しもうと思えるようになったのも元気になってきた証拠に違いなかった。

もう昼という頃に家を出た。階下に暮らすミケーラと息子が外から帰って来たのに遭遇したので外の空気は冷たいのかと訊ねてみたら、案外悪くないと言う。つまり暖かいと言うには至らないが、決して寒くはないと言うことだ。そうして外に出てみたら、まあ、暖かいこと! 恐らく気温は20度近くあり、私は家に戻った。冬のコートからトレンチコートに着替えるために。
バスは満員だった。こんな天気の良い日に家の中になどいられないと言わんばかりに、誰もがどこかへ出掛けようとしていた。そうして街の中心でバスを降りると、広場のベンチというベンチには人が腰を下ろして日光浴をしていた。日光浴。よい響きだ。日光の恵みを浴びることができるのは何て素晴らしいのだろう。そんな様子を横目で眺めながら歩き始めた。最後に週末の散策を楽しんだ時は、まだショーウィンドウのどれもが冬色だったが、今は冬のサルディの表示も取り去られて軽快な春色で満ちていた。檸檬色、若草色。私の好きな色ばかりだ。ウィンドウショッピングを楽しむガッレリア・カヴールの中には入らずにそのままポルティコの下を歩いていくと、右手の大きなカフェが美しい卵型チョコレートを並べていた。そうだ、復活祭の卵だ。あとひと月もすれば復活祭なのだ。私は菓子で作られた美しい薔薇に覆われた大きな卵を眺めながら、ふと昔のことを思い出した。21年前の今頃、私は相棒と一緒にボローニャに来ていた。それは結婚する前に相棒の両親に会ってみようかということで決まった話で、それからもう一つ付け加えるとしたら、相棒の故郷を見てみることで彼の背景を少しは理解できるのではないかと思ったからだ。それでいてイタリアを見てみたいという単純な気持ちが、それらのどれよりも勝る理由だったかもしれなかった。それは3月のことで復活祭の少し前のことだった。3月はこんな風なのだと相棒が説明してくれたが、兎に角寒くてじめじめしていて辛かった。底冷え、というのがぴったりだった。そのうち私は結石の為に入院し、一週間もして外に出てくるとすっかり春になっていた。それは見事な変身ぶりで、洟が咲きみだれ、鳥が囀り、外気が太陽に暖められて陽気な雰囲気に満ちていた。世間は復活祭の準備に忙しく、店という店に大きな卵のチョコレートが並び、小さな子供たちがこれがいい、あれが欲しいと両親に強請る様子が可愛かった。その中で私が見つけたのは、薔薇の花や蔓で美しく飾られた大人の頭よりもさらに大きな卵だった。私がこの卵を酷く気に入ったと述べると、何でまあこんなに高価なのを選らんでくれるかと嘆き、それで小さく書かれた値段を見ると確かに沢山のゼロが連なっていた。当時はまだイタリアリラが通貨だったから何を買うにも酷く桁が多かったが、これは確かに尋常ではなかった。これを割って食べるのは確かに憚られ、欲しい気持ちを抑えて店先で鑑賞するだけにとどまったものだ。あれ以来、復活祭が近づいて店先に美しい卵が並ぶと、足を止めて鑑賞せずにはいられない。これは文化、これば芸術。私はいつも思うのだ。何時か家にこんなのを一つ持ち帰ったら、どんなに素敵だろうと思いながら。何時か。そう、何時かいつの日か。素敵なことは先延ばしにするものではないと思うけれど、こんな素敵は少し先でもよいだろう。

私の咳はまだ治らない。でも、と思う。気楽に行こう。必ずいつか治るから。心まで病んでしまわないように。天気の良い日に散歩に出掛けたら、心の方から強くなって病気を追い出してくれるだろう。ボローニャに春がやって来たように、私にも春がやって来るのだ。


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