春へと向かう証拠

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昨日薬屋さんに立ち寄ったにはわけがある。アレルギーが始まったのだ。このアレルギーは春先特有のくしゃみが出るタイプのもので、今年は2月にもならないのに始まってしまった。薬屋さんによると少しもおかしなことではないそうだ。この冬は妙に温暖で草木の芽がいつもより早く出始めたから、そんな人が沢山いるのだそうだ。それにしても雨が沢山降るといいわねえ、と薬屋さんは言った。雨が降ると少しはこのアレルギーが楽になるのだそうだ。雨は嫌い。しかしアレルギーが楽になるなら、仕方あるまい、雨に活躍してもらおうか。

そして待望の土曜日。アレルギーには悪いけど、待望の晴天だった。空の青いこと。空がこんな青だったなんて、私は忘れていたのだ。したいことは沢山あったが、取り敢えず外に出た。太陽の光を浴びなくては、と思ったのだ。旧市街へ向かうバスは満員。多分皆同じように取り敢えず外に出ようと思ったのだろう。こんな日に家に居てはいけない。外へ行こう。散策に出かけよう、と。旧市街に入るなりバスを降りた。満員のバスに嫌気がさしたからだったが、同時に久しぶりにこの辺りを歩いてみようと思ったからだ。8年前位までの何年間も、土曜日の昼になるとこの界隈に足を向けた。そこにはちょっと名の知れた店があった。知人の妹夫婦が営むピッツァと南イタリア料理の店だった。土曜日のもうじき昼という頃になると昼食に出掛けようとの誘いの電話がかかってきた。さあ、準備はいいかい。30分後には出発だよ。私達は一度だって約束などしたことが無かったが、知人は土曜日はその店で賑やかに昼食というのが決まりらしく、私達はそのメンバーに加えられていたようだった。店の中央の大きなテーブルを陣取って私達は2時間半もかけて昼食を楽しんだ。知人と彼の妹夫婦、相棒と私、そして数人の知人の友人たち。軽い白ワインの栓を抜くと前菜から始まってデザートまで堪能した。今思えばよくもあれ程の量が胃袋に収まったものだと驚くばかりだが、食べることを趣味とする人たちと一緒にテーブルを囲めばこそのことだった。あの店はあれから別の場所に移転して、それと同時に名前を変えた。それが良いか悪いかは別にして、私はあの店があった前を歩くたびに懐かしく思うのだ。楽しかった時代。私達が何かによって繋がれていた時代。その界隈を通り抜けて2本の塔の下を通りぬけ、北へと向かった。この辺りは実に久しぶりだった。小さな店のショーウィンドウを覗いた。男性の衣服を置く店。私が興味を持ったのは美しい柄の美しい色の襟巻だった。亡くなった父がそれを知ったら驚くに違いない。父の若いころにはあり得ないような襟巻だった。現代は男性も美しい襟巻を身に着けるようになったのだ。私はそれを嬉しく思う。その横に洒落た帽子があった。こんな帽子を贈ったら父は何と言っただろうか。父にはお洒落るぎると言って困った顔をしたかもしれない。久しぶりに父のことを明確に思い出して嬉しくなった。父はこんな風にして、時々私を思い出させてくれているに違いない。多分今だって、空の何処から私を見守ってくれているのだろう。

それにしても日が長くなった。17時を過ぎてもまだ空が明るいのは何て素敵なのだろう。私達が確実に春へと向かっている証拠。良い季節へと向かっている証拠。そして春へと向かう証拠は私のアレルギー。強い薬が私をひどく困らせている。数か月間の辛抱と分かっていても。


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