砂や鉄の粒

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雨ばかりが降る週末。私はすっかり塞ぎこんでいる。こんなことは珍しいから相棒が酷く心配するが、いや、なに、私だって時には塞ぎこむことだってあるのだよ、と心配する相棒を宥める。何があったわけでもない。多分一週間の疲れと風邪と雨降りのせいだ。どれ一つ大したことでないけれど、それらが重なればだれだってがっくりくるに違いなく、大したことではない、と自分自身に言い聞かせる。17時間も目を覚ますことなく眠ったおかげで体が軽い。同時に眠りすぎたせいで頭が痛い。今日が日曜日でよかったと思いながら、もうじき昼という時間に遅すぎる朝食をとった。先ほどまで雨が降っていたのだろう、テラスのタイルが濡れている。向こう側に見えるはずの緑の小高い丘が霧に煙って見えないのが残念だった。

時々アメリカに戻りたい衝動に駆られる。戻りたいと言ったって私と相棒が暮らしていたあの居心地の良いフラットは人手に渡ってしまったし、どうやって新しい生活を始めてよいのかすら分からない。ただ、時々そんな衝動に駆られる。初めは私ばかりがその衝動に駆られて苦しんだが、近ごろは相棒がそうらしい。私達が暮らしていたあのフラットに出入りしていた人は数知れない。夕食時になるとベルが鳴った。ある夕方、沸騰した湯の中にパスタを入れようとしていたらベルが鳴った。窓を開けて下を覗くと大型バイクが街路樹の下にとまっていて、黒い革のジャケットに身を包んだ友人が立っていた。ドアを開けると友人が、そろそろパスタを茹でる時間だろうと思ってと言いながら階段を上がってきた。別に決まった時間があった訳ではないが、大抵こんな風にパスタを湯の中に投げ込む一寸前にベルが鳴った。私達はと言えばそれを迷惑がることもなく、むしろ喜んでいたと言ってよい。私達の生活はこんな風にして様々な友人との交流で成り立っていたから。友人はテーブルの上をざっと眺めて、サラダが無いと見とると坂の上の自然食品の店に新鮮な野菜を求めて走っていったり、ワインが無いと分かれば坂の下にあるリカーショップに走った。だから私達の食事は質素ながらも欠けたものが無く、毎日楽しい食事会だった。時にはパスタが茹だって、さあ皿に取り分けようと言う瞬間に新たに友人が参加することもあった。そんな時は誰が文句を言うでもなく、有るものを分かち合うのだ。私達は友人であり兄弟姉妹であり家族だった。皆、個性が強く、討論を始めたら夜中まで続いて大変だったが、根本的なところで私達は知っていたのだ。100人いれば100の色と哲学があるのが当たり前。だから討論はするものの、相手を説き伏せることはなく、単に考えの交換で、単にストレス解消だった。それから私達は一種のアーティストだった。それだけで生活をたてるのは難しかったが、私達は写真家で、画家で、陶芸家で、作家で詩人だった。誰が集めたわけでもなく、私達はアートという磁石に集められた砂や鉄の粒だった。そのうち誰かがギャラリーを開き、そのうち誰かがアートクラスを開き、そのうち誰かが写真家として軌道に乗り、陶芸家として名を挙げていった。そうしてそのうち私と相棒はアメリカから立ち去ったのだ。海を越えて聞こえてくる彼らの活躍ぶりを友人として嬉しく思いながら、私達は弾かれた鉄の粒であることを寂しく思った。17時間眠っている間に幾つもの夢を見た。その最後の夢は、あの黒い革のジャンバーを着た友人だった。彼はもうずいぶん前に写真家として活躍するようになった。決してハンサムではないが、個性の強い表情と漲る自信が彼をひどく美しく見せ、大抵の人が彼に惹かれる。彼は私より幾つも年下なのに何時だって私を小さな妹扱いした。多分私が精神的に幼かったからに違いなく、それを私は悔しいと思っていたのだけど。それで夢の中で彼が言ったのだ。ねえ、君。それで君は一体何時になったら夢を実現させるのさ。私は一体どんな表情をしていただろう。彼、彼はと言えば20年も経つのに未だに夢を実現させる気配もない私に呆れたかの様子だった。それとも炎が消えてすっかり冷えた蝋燭に再び炎を灯すかのような。私はそこではっと目を覚ました。目を覚ましたのは17時間も眠って充分だったからかもしれないが、多分私は彼の言葉にはっとして目を覚ましたのだ。

ねえ、君。それで君は一体何時になったら夢を実現させるのさ。そんなことを言いに海を越えてやって来た友人に、あなたは今でも私の夢を覚えているのかと宙に向かって言い返しながら、心の底で言葉に表しようもないくらい感謝する。ねえ、夢をかなえられそうなのよ、と友人たちに報告できるように。遠く離れていたって私達はあの頃のように磁石に吸い付けられて集まった友人であることを確認できるように。

いつまでも降り続ける雨。でも違って見える。憂鬱な雨ではない。心のスイッチが入ったらしい。


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コメント

素敵な文章=何気ないけど何となくわかります。

2014/01/20 (Mon) 09:35 | テルミニ #- | URL | 編集

すてきな写真、すてきな話。
白い壁、めずらしいですね。
友達と夜まで熱く語り合う日々、すてきですね。いいお話を聞けたような。

2014/01/20 (Mon) 14:06 | つばめ #- | URL | 編集

はじめましていつも読ませてもらっています。
「夢を叶える」と思うことで、また新しい力を得る
そんな風に読み、私も力をもらいました。

遠く離れていても僕のことが分かるように。という歌がありました。

2014/01/20 (Mon) 22:10 | しの #1yB7PyZM | URL | 編集

いかがですか・・・
17時間も眠っていたとは
逆に 素晴らしいです

私は もっともっと眠っていたいのに 目が覚めてしまいます

あああ もっともっと眠っていたい
そんな気分が毎日毎日毎日   です

日本は グッと冷え込んで 感染病が流行ってます

今日 寒さの中 目を落としたら ヨモギの葉が
チラホラと出ていました

春は近付きつつあります

2014/01/21 (Tue) 06:12 | 春風 #jgTtIlIo | URL | 編集
Re: タイトルなし

テルミニさん、こんにちは。何となく伝わったようで嬉しいです。ありがとう。

2014/01/22 (Wed) 00:11 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。友達と夜遅くまで語り合ったのは18年も前のことになってしまったなんて驚きです。あれは私にとってとても良い時期だったように覚えています。また手に入るでしょうか。

2014/01/22 (Wed) 00:14 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

しのさん、初めまして。夢をかなえたいと思う気持ちは、心のビタミン剤みたいなものではないでしょうか。そう願う気持ち、それをめがけて奮闘することが、生きるエネルギーとなるのかもしれませんね。まだ夢を捨てていない、諦めていないことを嬉しく思っています。
これからもお付き合いお願いします。

2014/01/22 (Wed) 00:18 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

春風さん、こんにちは。昔から眠るのは得意中の得意でしたが、最近になっての17時間は記録的といってよいでしょう。風邪、侮れません。すぐに治すのが得策と思ってます。それにはやはり睡眠が一番と言う訳です。
よもぎの芽が出てますか。寒いとはいえ、やはり確実に春に向かっているんですね。ああ、それにしても、草餅を食べたくなってきましたよ。

2014/01/22 (Wed) 00:23 | yspringmind #- | URL | 編集

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