時代の流れ

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仕事が始まり平常の生活に戻った。しかし波に乗れない。それどころか身体も心も違和感を感じているらしく、身体のあちこちから悲鳴が聞こえてきそうだ。そんなだから、どうやら少し風邪を引いたらしい。抵抗力が思いのほか低下しているらしい。随分と気を付けていたのに。

土曜日と言うのに朝から忙しかったのは、クリーニング屋さんと靴の修理屋さんへ行ったからだ。どちらも土曜日は昼までしか営業していないから、時間を気にしながらの朝だった。そもそも土曜日は早起きなどしない。ゆっくり目を覚ましてこそ土曜日なのだ。そうして窓の外を眺めながら時間をかけて朝食をとり、ゆっくりと身支度をする。平日には出来ない諸々を堪能するかのように。クリーニング屋さんの女主人は働き者だ。そして大変な話好きだ。先客のシニョーラが店から出ていくと、今度は私を相手に話し出す。38歳の息子が3年間一緒に暮らしていた恋人と別れて家に帰って来たそうだ。38歳なのに、仕事をしているのに、何故自立せずに家になど戻って来たのだと女主人は大変落胆したらしい。ねえ、あなたはどう思う?と私に意見を求めるが、何しろ他人の家のことだ、あれこれ口出しはしたくなく、そうねえ、と考えるふりをして店を出た。彼女は多分、午前中一杯こんな風に客に意見を求めるのだろう。そしてバスに乗り、幾つか先の停留所で降りた。靴の修理屋さんがその近くにあった。なかなか腕の良い職人で、そして親切だ。もう少し家の近くに在ればもっと有難いのだけど。引き取ってきた仕上がったばかりの衣服とショートブーツを家に持ち帰ると急に疲労感を感じた。気分が落ち込んでいるのか、それとも体が本当に疲れているのか。どちらにしても大変な脱力感で、折角の週末だが散策に出る気分になれなかった。私は冷えた白ワインをグラスに注いだ。これは近所のバールの宝くじで当てたベファーナの3等賞で得たもの。両腕で抱えるほどの籠の中にトスカーナの赤ワインとウンブリアの白ワイン、それから大きなチーズの塊とドライフルーツ、菓子が入っていた。そんなものが当たるとは夢にも思っていなかったが、ちょっとした洒落で参加した宝くじだった。まあ、言うなれば付合いみたいなものだった。しかしこうして当たってみると気分が良い。それに白ワインの美味しいこと。軽くて風味の良い白。私はそれから黒パンを薄めに切り、スモークサーモンを乗せた。簡単な昼食の出来上がり。大した食欲はないが一日3食欠かさないことは健康の定義である。そのうち相棒が戻ってきて、週末なのに家でうだうだしている私を見つけると、不健康だからと言って外に出された。旧市街にでも行っておいで。きっと元気が出てくるから、と。旧市街は驚くべき人の波だった。それは恐らく先週末に始まったサルディのせい。それから月に一度の骨董品市のせいだ。旧市街の中心を少し歩いているうちに、ふと思い出した。木製のフォークだ。これはスパゲッティを茹でるときに使うもの。どこの家にもよくあるもので、うちにも2本あった。何時の頃からかあったもので、買った記憶がないところを見ると相棒の両親の家から持ってきたのだろう。その一本が随分昔に折れてしまった。そして残りの一本も2か月前に折れてしまい、ただ今うちには木製フォークが無い。無くなってみると不便なもので、何処かへ行くたびに捜してみるが、何処にも無い。しかしここにはあるに違いない、と思ったのだ。街の中心に建つ2本の塔から直ぐそばの店。古いポルティコの下にある、この辺りで知らない人はいない古い店だ。中に入るなり訊いてみるが無いと言う。それでは何処で買えるか知らないかと訊いてみたら、多分あそこにならあるよと言った。何時もバスで前を通る、大通りの角の大きい店だった。確かにそこならありそうで、それにその店には以前から関心を持っていたので丁度よかった。店に入ると60代半ば頃の男性が迎えてくれた。木製のフォークを求める私に、残念ながらないと言って詫びた。おかしいわね、少し前ならどの店にも置いてあったのに。そう言って首を傾げる私に、彼はちょっと考えて、シニョーラ、時代が変わりつつあるのです、と言った。ここ数年、木製フォークを求める人は減ったそうだ。それよりも見かけの良いステンレス製やプラスティック製がもてはやされ、木製フォークはすっかり姿を消してしまったと言うことらしい。時代が変わりつつあるのか、とため息をついて店を出ようとする私に、彼はふと思い出したように声を掛けてきた。シニョーラ、この冬は暖かいですね。でも来週から気温が下がるそうですよ。それに雪も降るらしい。だから風邪には気をつけてくださいよ。どうやら彼は気落ちしている私に同情したらしい。そして気落ちしていると風邪を引きやすいから気をつけろと言いたかったのだろう。なかなか良い人だ。木製フォークはなかったけれど、何か探し物があるときはここに来てみることにしよう。

店を出ると空は早くも群青色に染まり始めていた。1月にしては暖かかったが、その背後には寒波が控えているのを感じた。そうか、雪が降るのか。私は少し身震いして、来た道を引き返えす為に歩き始めた。


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コメント

yspringmindさん、新年おめでとうございます。去年も一年間貴方のブログでの寄り道は日常に暖かい明かりをもたらしてくれました。どうもありがとう。立ち寄ってはいるもののいつもコメントする訳ではないので挨拶もしない店の客のような状態でその都度申し訳なく思っています。そのせいかこの日記に出てくるディアローグは私の心にも響きます。買い物をする時はなるべくお店の人とコンタクトの出来るところに行くことを心がけているので。

体調が今一のようですがどうぞお大事にしてくださいね。私は晦日から数日寝込み、やっとのことでそろそろ日常生活が出来るようになりました。今までためてあった疲れが一気にでたようです。

2014/01/13 (Mon) 10:19 | basilea #V1zXMXvE | URL | 編集
Re: タイトルなし

basileaさん、明けましておめでとうございます。
いつも寄り道していただいているようであるがとうございます。この雑記帳を沢山の人に覘いていただいているようですが、コメントはごく少ないのです。それがこの雑記帳の特徴なのですが、それはそれでよいことだと思っています。気軽にどうぞ。ところで私は人と言葉を交わせる店が好きです。嬉しいことに会話に恵まれて楽しい時間を頂いてますが、しかし今回のこの店の人の話の封切は面白かったと思っているのです。何か人間味あふれていて、こんな店がまだ残っているのだなあ、と安心しました。
ボローニャはこれから寒くなるようです。風邪はきちんと治しておかなくてはね。今年もお付き合いお願いします。

2014/01/13 (Mon) 22:54 | yspringmind #- | URL | 編集

きれいな写真ですね。かわいらしい。木製道具が減ってるのは昔、私も感じたことがあります。プラスチックの皿やボウルが並べられた雑貨屋さんで。はじめてみるカラフルな食器に、少しドキリとしてこんな薄くてカチカチした器で食べるのかーと思ったものです。シヤープペンシルが世の中に出てきた頃かな。あれから何年もたちあってりまえになりました。イタリアは古い物を大切にする印象があります。それでも変わっていくんですねえ。

2014/01/13 (Mon) 23:50 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。この金物屋さんは置いているものが実に素朴だし、ディスプレイもごく普通なのに何か温かいものを感じます。この色付きコップたちは時々並べ方が変わります。私はそれをとても楽しみにしているのですよ。古い文化、古いものを変わらずに使い続けるイタリア、と私も信じていたのですが、どうやら変化しつつあるようです。驚きです。私だけが取り残されていくのでしょうか。

2014/01/16 (Thu) 23:59 | yspringmind #- | URL | 編集

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