彼女と私

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昨日の雨は今日も続く。厚い雲が空を覆って妙に冷え込む今日の日曜日。ふーっとため息をつきながらふと昔のことを思い出した。

あれは10年前の夏のことだ。私はトロントに暮らしてようやく生活が順調になったと言って喜ぶ友人を訪ねた。私と友人は21年前にアメリカで出会った。私達は仲が良かったが互いに若く意地っ張りだったので喧嘩しても仲直りできず、喧嘩別れしたかと思えば半年後に再び交友関係が戻り、いうなればいいところも悪いところもさらけ出して付き合った仲だ。だから単なる友人ではなく、何か自分の一部みたいにすら感じる存在だった。そんな彼女が結婚相手と共にトロントに暮らすようになってもなかなか生活に慣れることができず苦悩していると届いた手紙で知った時、私は自分のことのように悩み、こんなことをしてみたらどうかなどと様々な提案をしてみたものだった。私は彼女たちが暮らすアパートメントの下の階に半月だけ部屋を借りた。そうすれば彼女や彼女の連れ合いとちょうどよい距離を保って交わることができると思ったからだ。9年ぶりにあった私達はぎこちなかったが、実は涙がこぼれそうなくらい嬉しくて抱き合った体を離せなくて困ったくらいだった。何でも揃っている彼女のキッチンで私は二度ほどイタリアの家庭料理を作り、そして彼女はいいものが手に入ったと言っては日本料理を作ってくれた。ある晩は現地集合でトロント市内のはずれの方にあるレストランへ行った。そんな感じが実に私たちらしくて、昔に戻ったような錯覚にさえ陥った。その都度彼女は言うのだ。ねえ、私があなたの訪問をどんなに喜んでいるかわかるかしら。そう言われれば悪い気はしなくて、うん、うん、わかる、と幾度も頷きながら答えるのだった。トロント滞在がもうすぐ終わると言う頃、私達は地上階にある寿司屋へ行った。寿司屋の店主はアパートメントの持ち主で、この辺りでは知らぬ人が居ないくらい顔が広い人らしかった。ただ、ちょっと癖があるから気を付けて。難しい人なのよ、と暖簾をくぐる前に彼女は言った。貸して貰った部屋は快適で滞在を楽しませて貰っていると店主に礼を言うと酷く嬉しかったらしく、先ほどまでにこりともしなかった顔を緩ませて、さあさあ、こちらに座ってくださいよ、とカウンターに招いた。実はこの晩の支払いは彼女と彼女の連れ合いへの楽しい滞在のお礼として私が持とうと決めていた。しかしカウンターとは。まあよい。私は腹をくくり椅子に座った。店主は酷くご機嫌だった。横に座った彼女が肘で私の脇をつつき、すごく気に入ったみたいよ、おめでとう、と小声で言った。美味しかった。ボローニャ辺りでは望めない本当の握りずし。ああ美味しいと喜ぶ私達に店主が次から次へと握る。と、突然店主が言った。言った相手は私達ではなく、隣に並んで座る常連らしい3人家族だった。両親に若い娘がひとり。娘は25歳くらいで、美しく大切に育てられた感じがにじみ出ていた。こちらのお嬢さんはね、イタリアのボローニャってところから遊びに来ているんですよ。ええと、お客さんがよくいくのは何処でしたっけ。そんなことを店主は客たちと話しているのだった。すると横に座っていた父親が、おお、それは素晴らしい、と言って振り向いた。彼らはどうやら大変な資産家らしく、年に一度ヴェローナで開かれるワインの見本市に自家用飛行機で駆けつけるらしかった。イタリアのワインと食事は素晴らしい、と彼らは口々に絶賛すると、店主は口をとがらせて、うちの寿司も悪くないはずなんだけどな、と言って店の中に居た皆を愉しい気分にさせた。それでいて店主は、ああ、イタリア、行ってみたいなあ、と遠くの方を眺めながら呟き、俺の奥さんを連れて行ってあげたいなあ、と付け加えた。私がそれを聞きながら涙がこぼれそうになったのは、彼の20になる息子が治らぬ病いで長いことトロントから離れられずにいることを友人から聞いていたからだった。いつかボローニャに来たら私が案内するから楽しみにしていてください、というと店主は、そうかい、嬉しいなあ、お嬢さん、優しいねえ、と言って有難がった。お嬢さんと言ったって、私はとっくの昔にお嬢さんではなくなっていたけど。その晩、私達は酷く愉しく、よく食べ、よく飲み、よく笑って店が閉まるまで話をした。結局勘定は友人が払い、しかし店主の粋な計らいで申し訳ないほど小さな勘定だった。あの晩のことは忘れられない。皆が笑って楽しかった晩。皆が幸せで、それぞれの生活を楽しめるようになったころのこと。すべてがうまくいき始めて、すべてが可能にすら思えた頃。

そんなことを思い出したのは11月のせいだ。私の大切な友人が昨年の11月の終わりに他界して、私は毎日のように彼女のことを思い出す。私にできること。彼女が喜ぶこと。彼女のことを沢山思い出すこと。だけど泣いてはいけない。彼女の不在を寂しがりながらも笑顔で彼女のことを思い出すのだ。そうだ、今週はそんな風に過ごしてみよう。


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コメント

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2013/11/25 (Mon) 15:56 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんばんは。かわってこちらボローニャはやっと晴天になりました。ほっとしました。
私は”葉っぱのフレディ”を知らないのですが、それを思い出させましたか。ネットで調べてみましたが絵本なのですよね?
私の大切なその友人は確かに他界しましたが、実は今でも信じられず、時々電話が鳴るとどきどきするのです。扁桃腺もちですぐに寝込む私を思って彼女は時々電話をくれましたから。体を冷やしてはダメ。体を温めるものを選んで食べなくては、と電話の向こうで話す彼女の声が聞こえてきそうな気がして。そんな思いやりのある彼女は多分私の心の中だけでなく、沢山の人々の心の中に今も存在するのだと思います。私は彼女の友人で居られたことを今でも幸運だったと思うのです。

2013/11/25 (Mon) 23:30 | yspringmind #- | URL | 編集

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