11月に想う

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友人がボローニャの飛行場へと向かった日曜日の今日、強い風が吹き荒れた。それほど冷たくはないにしても木枯らしにも似た強い風。私はそれを窓辺で眺めながら、昨年まで暮らしていたボローニャ郊外の丘の町ピアノーロのことを考えていた。ちょうど今頃家の買い手がついて、私と相棒は12月の末に家を引渡しボローニャにやって来た。帰りの時間を気にせずに生活できることを私は何よりも喜んでいる。自由に外へ出ることができるのは何て素敵なのだろう、こんなに簡単に友人知人と交流できるのはなんと楽しいのだろう、と私達はこの変化をポジティブに捉えているのだ。なのに以前暮らしていた町のことを思い出してふと考え込んでしまったのは、どうやら私が町中に植えられたプラタナスの街路樹を、そして街路樹から落ちて路面をすっかり覆ってしまうほど大量の大きな落ち葉を恋しく思っているらしかった。あれは私たちの悩みの種だった。夏から秋、そして冬にかけて次から次へと落ちる葉は掃いても掃いても駄目だった。夜中のうちに風が吹けば再び落ち葉が路面を覆うのだから。私達のテラスもこのプラタナスの葉で覆われていた。片付けても片付けても翌日にはまた葉が溜る。家の買い手がついた時、私達はもうこの作業をせずに済むと喜んだはずなのに。不思議なことに私はそんなことを懐かしく思い、プラタナスの落ち葉を恋しくさえ思っている。

そうだ、こんなことがあった。もう、何年も前のある日、知人からカメラが届いた。それは知人が使っていたカメラだった。その夏の終わり、知人は私が小さな古い型のカメラを使っていることを知って、不憫に思ったのかもしれない。それとも私は知人が手にするカメラを憧れに満ちた眼差しで眺めたせいかも知れなかった。兎に角私が今まで手にしたこともないような本格的なもので、同時に高価で決して手が出ないものでもあった。あれがもし知人の思いつきだったにしても、しかし、つまらぬことが次から次へと起こる生活にくたびれていた私には神様からのご褒美に思えたものだ。私がそのカメラで初めて写したのは、テラスの隅っこに寄り添うように在ったプラタナスの落ち葉だった。不思議なことにどの葉も違う色味を持ち、落ち葉と言いながら枯葉ではなく、とても美しいと思った。私はそれを写したのだ。一番初めの写真。母にそれを送ると彼女はたいそう喜んで、後にハガキを作ったとの報告をもらった。写真の出来は高性能のカメラのおかげで確実にあの古い小さなカメラのものより良かったが、かといって自慢できるほどではなかった。しかし母がそんな風に喜んでくれるのは実に嬉しいことだった。私はあれから毎年テラス溜るプラタナスの落ち葉を撮った。プラタナスの葉と私は、そんな風にしてよい関係になっていったようである。と言いながらも落ち葉を片付ける作業は大変で、もうこの作業をせずに済むと言いながら私達はピアノーロを去ったのだ。そんなことを思い出すなんて。私の大切なカメラは今、カメラの病院に入院中。もう長いこと入院中だ。何が悪いのか分からないそうだ。でも決してあきらめない私の要望で、専門家のところにずっと入院している。私は代わりの中古のカメラを購入しながらも、あのカメラが私の手元に元気になって戻ってくるのを待つのだ。帰ってきたらまたプラタナスの落ち葉を撮らなくてはと。また一緒に散策を楽しもうと。

素晴らしい晴天だったのに、気がつけばもう空が暗い。まだ17時を過ぎたばかりだと言うのに。寂しい季節になったものだ。11月とはそんな月だ。


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