心の小箱

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最近天気予報がちっとも命中しない。昔から当たらないことが多いイタリアの天気予報だが、ことごとく外れる10月の予報には私は少々呆れている。まあ、雨が降ると言っていたのに青空が広がった今日のような日は、ちょっと儲かったような気分になるものだけど。

雨が降らなかったので帰り道に買い物をしようと思って旧市街へ行くと、店が閉まっていた。それもその筈、何故なら今日は木曜日なのだから。木曜日のボローニャは午後になると店が閉まる。近年はそんな習慣も変わりつつあり日曜、祝日以外は開いている店が多くなったが、私がここに暮らし始めた頃は何処もがしっかりと重い鎧戸を下ろしていて街が閑散としたものだ。20年ほどのアメリカ生活からここに戻ってきた相棒はボローニャ生まれのボローニャ育ちのくせにそんなことを少しも覚えていなかったから、木曜日の午後は店が皆閉まっているとよく嘆いた。夕食のパンを買うのを忘れてしまったとか、明日の朝に必要な牛乳をどこで買えばよいのだとか。今思えば馬鹿馬鹿しい、無ければ無いでよいではないかと思うけど、案外真剣に嘆いたものだった。あれから年月が経ち、今は木曜日とて店は一日中開いている。ただ、私が足を運ぶ店はどこも古い習慣を保ち続けているらしく、一軒目も、二軒目も閉まっていた。多分三軒目も閉まっているだろうと予想して、買い物は明日にすることにした。勿論雨が降っていなかったらのことで、勿論寄り道したい気分だったらのことだけど。さて、今日は買い物するのを諦めてまっすぐ家に帰ろうと歩き始めた。中央郵便局の前の広場の横を歩いていたら匂いがした。くんくん。何か変な匂い。眉をしかめて思いを巡らしたら、分かった。銀杏の匂いだった。湿った路面に踏み潰された銀杏。誰にも拾われることなく踏み潰されてしまった銀杏がちょっぴり可愛そうに思えた。と、ふと思った。私がまだ小さかった頃、銀杏というものを知らずに銀杏木の下を臭い臭いと言いながら歩いたものだった。ところがある日、これは実はフライパンで炒るととても美味しいものであることを知った。大の仲良しの真理ちゃんが教えてくれたのだ。真理ちゃんは美人なばかりでなく賢くて素敵だった。10歳の真理ちゃんを素敵だと思ったには理由があって、彼女は決して誰かの悪口を言わないからだった。転校生で何をしても目立って居心地の悪かった私には、彼女が天使のように思えた。私はそんな彼女をとても尊敬していて、そんな彼女と友達でいることをとても光栄に思ったものだった。ある日の夕方、彼女の家に遊びに行った。平日の夕方はこんな風にしてよく彼女の家に行ったのだ。母は真理ちゃんと一緒なら大丈夫と思っていたらしい。そもそも彼女の母親が、いつも電話をしてくれたのだけど、母が安心するように。お嬢さんがうちに遊びに来てますからね、と。それで真理ちゃんの母親は美味しいものをいつも振舞ってくれるのだった。さっき作ったばかりのシュークリームとか、焼きたてのパウンドケーキとか、プリンとか。でも一番画期的だったのは、銀杏をフライパンで炒ったものだった。成程、これが真理ちゃんが言っていた例の美味しい奴だな。彼女の母親が火傷しないようにねと言いながらお皿に入れてくれた。触ると熱くて柔らかかった。口に放り込むと、あ、美味しい。そう言って喜ぶ私に真理ちゃんの母親が言った。食べ過ぎないようにね。沢山食べると鼻血を出すこともあるからね。私は忠告を守っていくつか食べた。こんな美味しいものがあるなんて! その晩家族に報告した。銀杏を食べたこと、とても美味しかったこと、好物になったこと。私の母にとっては銀杏は大人の食べ物らしくかった。しかしそれほど私が気に入ったのならばと、その日を境にうちでも銀杏が頻繁に登場するようになった。一番好きだったのは茶碗蒸しの中の銀杏。母は料理がうまかったから何を作っても美味しかったが、茶碗蒸しは特別だった。美味しいね。そう言いながら父と母と、そして姉と一緒に食べた夕食。もう戻ることができないあの頃。もう決して戻ることができないあの頃。銀杏が踏み潰されて匂いがプンプンする銀杏木の下にぼんやり佇みながら、私はそんな遠い昔のことを想った。私の大切な思い出。真理ちゃんのことも、仲良しだった私の家族のことも。時々心の小箱から飛び出す、宝物のような思い出。


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コメント

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2013/10/25 (Fri) 00:27 | # | | 編集

yspringmindさん、こんにちは

最近、やっと

こちらも、秋らしくなってまいりました

尤も、台風の当たり年らしく

京都も場所によっては、少なからず被害もありましたが

これから、錦秋に向かっていく

気分も高揚する季節の到来でございます^^


そちらも、肌寒くなっていく季節

御身体、御自愛くださいね

2013/10/25 (Fri) 11:08 | 高兄 #eP1cGWnA | URL | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。台風は通過しつつありますでしょうか。何やら二つも同時に来ていると聞きましたが、無事お出掛けできましたか。思い出してみると私は、台風の日は出かけるのが億劫だったらしく、家の窓ガラスに額をつけて外の様子を眺めていることしか記憶にありません。勿論学校や仕事には行ったはずなのですが、台風の中を歩いた記憶が全くないと言うのはどうしたことか。
古いご友人と一緒にあの道を歩く奇跡。いいですね。私も偶然何処かでばったり会う奇跡を探していますがそういう奇跡はここでは望めそうにありません。と言いながらフィレンツェのような旅行者の多い街なら高校時代の友達が歩いていても不思議ではない、と探しながら歩いたこともありましたっけ。

2013/10/26 (Sat) 17:45 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

高兄さん、こんにちは。台風は通過しましたか。これから素晴らしい紅葉の季節ですが、もしや京都は既に紅葉を鑑賞できるのでしょうか。何時か秋の京都を訪れたいと望んでいますが、なかなか実現しません。日本の紅葉の美しさは見た者にしか分からないのですよね。いくら私が周囲のイタリア人たちに説明しても。彼らが日本へ行って紅葉を見たら・・・歓喜すること間違いなしです。

2013/10/26 (Sat) 17:51 | yspringmind #- | URL | 編集

yspringmindさん、再び、こんにちは

京都は、三方を山に囲まれた盆地ですので

高原に登れば

今の時期でも、紅葉風景を御覧いただけるかもしれません

しかし、本格的な洛中の紅葉となると

例年どうり、11月の半ば以降でしょうか^^


時間が許せば

いくつかの場所に赴こうと考えています

拙BLOGでも、UPする予定です

2013/10/28 (Mon) 01:28 | 高兄 #eP1cGWnA | URL | 編集
Re: タイトルなし

高兄さん、こんにちは。京都の地形はボローニャによく似ています。しかし高原に上ってもあるのは黄色に染まった木々ばかり。紅葉は見つかりません。残念です。高兄さんのブログで紅葉を楽しむことにしましょう。

2013/11/01 (Fri) 11:57 | yspringmind #- | URL | 編集

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