遠い雷

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季節が急ぎ足で冬に向かっているのを感じる。ボローニャ特有の重い霧が丘の辺りをすっぽりと包みこんでいて、いつもならよく見える美しい丘を遠くに遠くにしまい込んでいる。今年もそんな季節になったのかと驚くと同時に、そんな季節になってしまったかとため息をつく。他のボローニャに暮らす人たちはどんな風に感じているのだろう。ひょっとしてため息などついているのは私ひとりなのだろうか。

それにしたって昨夜の雨の降り方ときたら酷いものだった。22時を回ったかと思った途端、まるでスイッチが入ったように雨が降り出した。それの轟音を立てて。何事かと下ろしていた日除け戸を上げて、外の様子を確かめたほどだ。何か、尋常でない、そんな気配の雨だった。それから一晩中雷音が響いていた。何故そんなことを知っているかといえば、私が雷音に聞き耳を立てているうちに眠れなくなってしまったからだ。幾度も寝返りを打ってみたが、眠れなかった。そのうち眠る努力を止めて、色んなことを思い出しはじめた。子供のころは雷が怖くて姉にしがみついていたこと。半べそかきながら布団の中に丸まっていたこと。それがいつの日か、私は雷を怖がらなくなり、それどころか雷音に季節やノスタルジーなどを感じるようになった。初夏の雷は何かわくわくするような、何かが始まりような感じがした。私は若く、少女と女性のちょうど中間のに存在していた頃、絵を描くのに夢中だった。と同時に遠くにいる、なかなか会うことのできない男の子に夢中だった。日に焼けた長い足が白いショートパンツによく似合う男の子だった。あの頃は話しかけるのも恥ずかしくて、遠くから眺めているだけで精いっぱいだった。今の私だったら、気軽に声を掛けられるに違いないのに。冬の雷はそんな楽しかった夏を思い出させた。雷が遠くになればなるほど、夏を恋しく思った。大人になると雷の音が鳴り響くたびに、そんなことを思い出した。いつの日か、それは幸せだったころを思い出させる懐かしい音にすら思えるようになり、だからこんな風に一晩中なっていると頭の中を沢山の思い出が駆け巡って眠れぬ夜となるのである。そんな中でふと思い出したのは、私が傘を持たずに出かけた20代の終わり頃、アメリカ生活が軌道に乗り始めた頃のことだ。傘を持たずに出たのは仕方のないことだった。何しろ午前中青い空だったのだから。それが午後になると黒い雲が空を覆い、あっという間に大雨が降り始め大きな雷が鳴り始めたのだ。私は仕事を終えて街を歩いていた。急に降り出した雨にカフェはどこも満席で、私はカフェに入るのを諦めて家具屋に入った。それはこの街では洒落た雰囲気で案外有名な、私はいつも見るだけの店だった。自分のアパートメントに置いたら素敵に違いなく、しかし手が出ぬような価格が平気でついていて、見るだけの客は私のほかにも沢山いるようだった。この店に初めて入ったのは、まだ日本に暮らしている頃だった。この店の少し先の道の向こう側にある小さなレコード店に立ち寄ったからだ。既にCDが出回っていたが店にはそれらは置かれていず、レコードとカセットテープだけが所狭しと置かれていた店だった。私はそこで片言ともいえぬほどの英語でカセットテープを3本購入した。なかなか英語が伝わらなくて全く時間ばかりが掛かったが、しかしそんなことでさえも日本から8時間もかけてくるくせに実際は4日ほどしか滞在できない私という旅行者には愉しくて思い出のひとつとなったものだ。私はその店を出た後に、向こうにある大きな家具の店を見つけたのだ。見るからに洒落ていた。通りに面した部分は大きなガラス張りだったから、中で働く人や訪れる客をよく眺めることができた。私は店に置かれた家具や雰囲気もさることながら、中にいる人たちに関心を持った。それは一種独特の人たちで、私の周囲にはいないタイプの、例えて言えば映画に出てくるような人たちだった。明るくてオープンで、私はそんな人たちの様子に誘われるようにして店に入ったのだ。勿論見るだけ。会話など皆無だったから、周囲もそれを察したかのように放っておいてくれた。こんな家具を床張りの広い居間に置いて、出窓には気に入りの机を置いて。そんなことを想像しながら物色して歩いた。まだ、私がアメリカに暮らすなどと考えてもいなかった頃の話。それから数年後、私は暮らすために海を渡って、急に降り出した雨に追われてその店の中にいる。そんなことを不思議に思いながら、ふふふと思うのだった。運命的なもの。そんな大げさでないにしても、私とは無関係ではなかったのだ、この店もこの通りもこの街も。そのうち雷が遠のき、雨が上がると何事もなかったように空が晴れた。そのまま店を出てもよかったのだが、ちょっく=とした気まぐれで私は小さな置物を購入したはずだった。けれどもいくら考えてもそれが何だったのか思い出せず、そしてそれを誰かにあげてしまったのか、それともボローニャに持ってきたのかも思い出せない。今から10年ほど前にあの街を訪れてみたら、もうあの店はなくなっていた。あの界隈のシンボル的存在だったあの店が。ああ、何という無念。私はあの街の友人に会うたびにその話をしては店の不在を残念がった。そんなことを考えているうちに起きる時間になってしまった。寝不足どころか、全く眠ることができなかった。でも雷音を聞いて実に心穏やかで、不思議と眠気も疲れもなかった。

明日も雨らしい。でもよく考えれば雨期なのだから仕方あるまい。


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