感性

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驚くほど眩しい朝の光。週末がこんななのは私にとっても、そしてボローニャ中の誰にとっても嬉しいものだ。何処かから車のクラクションの音が聞こえてくる。この尋常で無い鳴らしかたは、多分結婚のお祝いのクラクションだ。こんな天気の良い日に結婚した出来立ての夫婦は、気持ちも一際輝いているに違いない。この太陽の光のように。私の若い小さな友達が昨年9月に結婚した時もこんな天気の良い日だった。教会で行われる結婚式は夕方だったけれど、その時間になっても気温は一向に下がらなくて少々困ったのを覚えている。何故なら誰もがもう少し、涼しい一日になることを予想していたから。しかも夕方ともなれば涼しい風が吹くに違いないと睨んでいたからだ。それにしても9月は良い。昔から9月という月が大好きだったが、何年経ってもその気持ちは変わらない。

ボローニャ辺りの学校がようやく始まって朝の交通渋滞がひどい。ボローニャ辺りの、と書いたには理由があって町によって州によって地方によって始まる日が様々だからだ。そんなことにもいちいち驚いていたあの頃が懐かしい。見るもの聞くことがすべて新鮮で、その都度驚く私を周囲はどんなふうに見ていたのだろう。そんな風に言うと長く暮らすようになって驚くことはもうないように聞こえるがそうでもなく、ここには驚くことはキリなくあるようだ。例えば旧市街のいつもの青果店で大蒜をひとつ注文したら自分の握りこぶしの倍もある大きいのが出てきたり。小さな驚きは案外どこにでもあるもので、ただ、それに驚く感性が自分の中にあることが大切。もしそれが無くなってしまったら、私という人間は大して面白味のない人間になるに違いない。だから、という訳ではないけれど私は歩くのが好きだ。歩いては立ち止まり、時にはそこに居合わせた他人と言葉を交わしたり、思いがけず中にこっそり入れて貰えたり。先日、前から目をつけていた紳士服の店に足を遂に踏み入れた。9月の初めの週の水曜日まで店先のガラス越しに置かれてあった美しいスカーフのことについてどうしても訊きたかったからだ。姿を消したのは売れてしまったからなのか、それとも翌日の木曜日から秋物に様変わりしたショーウィンドウから単に姿を消しただけなのか。何しろ紳士服の店なので入りにくくて暫く迷っていたのだが、心残りにならぬようにと意を決して中に入った。そこは思いがけず、外見よりもさらに高級な雰囲気の店だった。高級、いや違う。洒落心を持つ男性だけが、そしてそれにはお金に糸目をつけない男性だけが入るような感じの店だった。だからころりと重い扉の隙間から転がり込んできた小さな見るからに外国人の私に店の人は目を丸くしていた。店内は外から見るよりも広く、恐らくはふたりほどで切り盛りしているに違いないと思っていたのに店員が6人も7人も居た。奥から丁重な感じで男性が出てきて私の要件を訊いた。それで9月の初めに見たガラス越しに置かれていたスカーフの話をすると、うんうんと頷きながら人差し指を立てた。成程、分かりました、お待ち下さい、と言うことらしかった。彼は上の階に続くなだらかな階段を上がっていくと、両手に抱えきれないほどのスカーフを持ってきた。その中の一つを指さして、これです、と私が言うと彼はスカーフを広げて見せてくれた。大判の、綿麻のスカーフ。聞けば今ならこの値段にできますと言う。私はそれを手に取って、薦められるままに首に巻きつけてみると顔色にぴたりときた。しかもこんな感じのは私の多くのスカーフのコレクションにはひとつもない。これは運命、それとも出会いか。売れ残りと言えば聞こえが悪いから、私のために売れずにいてくれたと思うと気持ちがよく、私はこの運命と出会いを後者と理解して財布を開くことにした。ところでこの気持ちの良い接客をする男性は私が思うに、奥にいる老紳士の息子である。よく似ているし、価格を自分で決めてしまうところが私にそう推測させた。私は彼の良い接客に感謝しながら、ひとつお願いしてみた。それは先程ちらりと見えたガラスの向こうの中庭のこと。この建物が中世のものであることはボローニャの誰もが知っている。歴史的建物だ。しかしその中に入れる人は限られていて、特に中庭を見ることができるのはこの建物にいる人だけの特権みたいなもの。お願いされた彼は、一瞬驚きながらも勿論だと言いながら私を中庭の見えるガラスのところに導いてくれた。と、カラス戸を開けてさあどうぞと中に招いた。あっ。それは小さな中庭で、しかし手入れがされていて美しく、真ん中に古い井戸が存在した。井戸はもう単なる飾りで随分前から使えないそうだ。ほら、あんなふうに補強しておかないとガラガラと崩れ落ちてしまうんです。この建物も井戸も1400年代のものですから。彼はそう説明しながらこんなことに興味を持つ私に関心を持ったようだった。それで私が古いものが好きで、しかしなかなか見る機会を得ることができないこと話すと、確かに、確かに頷いた。私は庭をすっかり堪能すると彼にお礼の握手を求めて店を出た。

ボローニャの良いところは相手が妙な人でないと分かると一気に分厚い扉を開けて招き入れてくれることだ。そうして知らなかった様々を教えてくれる。これだからやめられない、ボローニャ暮らしは。だけど重要なのは自分が扉をたたくこと。それから興味心を失わないこと。ずっとそんな風でいたいと願う。


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コメント

yspringmindさん、こんにちは。

こういう話は聞くのも体験するのも大好きです。
イタリアって、素敵な”扉”が沢山あって、ノックするのは勿論勇気がいることではありますが、中に入ると予想外にも両手を広げて迎え入れてくれるところがすごく好きですね。
大袈裟かもしれないですが、こういう瞬間に生きている喜びを感じます。

また旅行したいです。ボローニャは行ったことがないので是非とも行きたい。

2013/09/24 (Tue) 04:55 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集
Re: タイトルなし

micioさん、こんにちは。ボローニャの人たちは一瞬とっつきにくいような印象がありますが、一瞬の緊張を乗り越えると驚くほど親切にしてくれます。これはイタリアならではのこと、ボローニャならではのことです。私はこんなことに出会うと、全く幸運だ、と思うのです。そもそも皆お喋り好きなのですから、こちらが話したいことを表示すると快くお喋りの相手をしてくれます。特にその町に生まれ育った人は自分の町に関心を持つ人の存在はうれしいようですよ。ボローニャ、いつか訪れてくださいね。

2013/09/24 (Tue) 20:49 | yspringmind #- | URL | 編集

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