遠い雷

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暑い日が続き、いったい何時までそんな天気が続くのかと途方に暮れ始めた頃、雨の予報を耳にした。と言ってもロンバルディアやピエモンテ辺りのことで、北イタリアとは呼ばれながらも限りなく中部イタリアに近いボローニャ辺りには雨雲は及ばないようだった。しかし煙草屋のジャンニに言わせれば、それでもきっと気温が下がって安堵の溜息をつくことになるに違いない、とのことだった。数日前、職場の冷房機が故障したときはどうしようかと思った。外は38度を越える暑さで、しかし屋内もまた33度を越えて座って仕事をしている場合ではなかった。暑い、ああ、暑いと何度訴えたことか。翌朝、専門家が来て修理に成功した時は命拾いをしたような気分だった。暑いから仕事に行きません、とは流石に言えない。しかし、平然として仕事も出来ないに違いなく、気が重いまま翌朝を迎えたからだった。冷房は嫌い。でも、無ければ無いで困るのだ。特にこんな暑いボローニャの夏には。

今夜は夜がやってくるのが少し早かった。それは月が存在しないからだ。月がすっかり欠けた日に当たる今夜の空は、闇と言うに等しい。真っ暗だ。それから星もない。こんな空は久しぶり、とテラスに出て空を眺めていたら、むき出しの肩をひんやりした風が撫でた。珍しいくらいひんやりとした夜風。この近くの何処かで雨が降っているのかもしれない、と思えるような風だった。すると向こうのほうに青い光が。写真機が放つ青白い光みたいなもの。何だろう。私は目を凝らしてみたがさっぱり分からなかった。そして随分経ってから耳にしたのは雷音だった。成程、あの光は稲妻だったのか。どうやら遠くのほうは雷雨に見舞われているらしく、ボローニャはそのおすそ分けに預かっているらしかった。私は子供の頃、雷が大嫌いだった。とくに晩の雷が。大好きな姉にぴたりとくっついて一瞬たりとも離れたくなかった。別に姉が私を雷から守ってくれる訳でもないのに、そうしていることで安心するからだった。姉はそんな妹が鬱陶しかったに違いない。姉は何時だって強く逞しかったから、怖いものなどはあまり無かったから、多分私が土の中から掘り出してくるミミズくらいしか怖いものは無かったから、雷くらいで大騒ぎして暑くてそうでなくとも寝苦しい夏の晩にぴたりとくっついて離れない妹を、やれやれと思っていたに違いないのだ。そんな私はいつの間にかミミズを手でつかめなくなり、虫という虫が苦手になり、その代わりに雷を怖がらなくなった。それどころか雷音を聞くと昔のいろんなことが瞼の内側に蘇り、ノスタルジックになるのである。姉と過ごした子供時代のこと。恋をして夢ばかり見ていた思春期の頃のこと。アメリカに暮らしたいと思い始めたころのこと。そうしてアメリカに暮らし始めて出会った人々や通過した様々な出来事。雷音はそんなことを次から次へと思い出させる。そしてこんな遠くまできてしまった何時まで経っても手探り生活の今の自分を、10年後、20年後になれば懐かしく思えるのかもしれない。遠くに聞こえる雷音は一向に近づく気配は無く、それどころか遠くに離れていこうとしているらしい。そのうち冷えた風も離れていって、そんな素敵な風が吹いていたことすら忘れてしまうだろう。一瞬の休憩。冷えた肩を手の平で覆い、この感触を忘れないでいたいと思う。

明日で仕事も一区切り。早起きも明日まで。もう1日頑張ってみようか。


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