桃と情熱

DSC_0021 (640x428)


夏の休暇まであと何日。と数えながら生活をする。昔、子供だった頃、あと何日と指折り数えながら、もしくはカレンダーの数字を幾度も指でなぞりながら夏休みを待っていたのと同じだ。基本的なところで子供の頃から何も変わっていないのだ、と自分のことをそう思う。褒められることでもないが、しかし悪いことでもないだろう。多分、人は皆、そんな風に子供の頃からの習慣や癖を少しならずとも失わずに大人になっていくのだろう。

先週の金曜日を境に街から人が減った。土曜日に旧市街を歩きながらそう思った。いつも賑わう魚屋や雑貨店、青果店、それから昨日まで夏のセールで張り切っていた衣服の店先に重いシャッターが下りていたからだ。土曜日なのに、と思いながら、そうか、彼らは夏季休暇に入ったのだと気が付いて、ふーっと溜息をついた。私はもう一週間仕事だけど、と思いながら。

仕事帰りに旧市街の食料品界隈に立ち寄った。飛び切り美味しい生ハムを求めて。スーパーマーケットで購入すれば安価なのにとよく人から言われるけれど、私は生ハムに関しては妥協が出来ないのである。飛び切り美味しいのを兎に角薄く薄くスライスしてねと念には念を入れて注文する。店の人も私のその台詞を聞き慣れているので、はいはい、と返事をしながら幾つも並ぶ棚から慎重に選び出してスライスしてくれる。他の店ではこうはいかない。だから誰が何と言っても私はこの店で生ハムを購入するのだ。その足で桃を買いに向かった。しかし。横に何軒も並んでいる筈の青果店のどれもが閉まっていて、向こうのほうに一軒だけがぽつんと営んでいた。それはアペリフィッシュ、つまり魚を頂きながら食前酒を楽しめる魚屋の前の店で、人は良いが押しの強い兄さんの店だった。並んでいる桃は大きくてとても美味しそう。でも、キロ当たり3ユーロって。私の行きつけの店はもう少し安いが、しかし他のどの店も休みなのだ、選択の余地なし。店の中を覗いたが兄さんの姿が無い。無用心だなと思いながら店の前を離れようとした時、兄さんが魚屋の中から慌てて出てきた。すみません、どうぞ何なりと、と言いながら。兄さんは、どうやら魚屋の中でアペリフィッシュを楽しんでいたらしかった。それはそうだ、こんな暑い夕方だ。目の前の魚屋の中で冷えたスパークリングワインなど楽しんでいる人々の様子を見ていたら、我慢も出来なくなるだろう。私は甘くて美味しい黄桃を5つ袋に入れて貰いながら、兄さんの店が開いていて助かった、兄さんは夏休みをとらないのかと声を掛けた。すると兄さんはにやりと笑って、そうだろう、俺は働き者なのさ、みたいな事を言いながら、自分は夏の間中働いて10月になったらハリウッドへ行くのさ、と付け加えた。へえ、それって本当の話? ちょっと意外だと思いながら聞き返すと、兄さんは胸を張って答えた。勿論さ、それに情熱を注いでいるんだから。その言い方があまりに芝居がかっていたので私も前の魚屋の店員も大笑いした。兄さんに良い晩を、と挨拶して店を後にしながらふと思った。ひょっとして兄さんは映画が好きなのかもしれない。それとも彼は役者になりたかったのかもしれない。私はそんなことを思いながら先ほどの芝居がかった台詞を思い出した。勿論さ、それに情熱を注いでいるんだから。情熱。なんて素敵な響きだろう。情熱を傾ける青果店の兄さんを思い浮かべながら、そんな情熱を持つ彼が少し羨ましかった。


人気ブログランキングへ

コメント

ハリウッド。。笑。暑いイタリアからやっぱり暑い国へとバカンスで訪れるお兄さんの笑顔がなんとなく想像つきます。ボローニャの方がきっとお酒も野菜も果物もおいしいはずなのに。ミュンヘンはやああと涼しくなってきた感じです。

2013/08/08 (Thu) 19:49 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: タイトルなし

inei-reisan さん、こんにちは。アメリカでもなくLAでもなく、ハリウッドと言うところがいい感じでした。私が思うにイタリア人には大国アメリカは夢の国的存在なのです。確かにイタリアのほうが食べ物は何でも美味しいのにね、テレビや映画の影響でしょうか。私は暑い日本に帰省してボローニャに戻ってきたら9月には涼しさを求めてドイツかオーストリアを徘徊する予定です。涼しいのが、やはりいいみたい。

2013/08/09 (Fri) 14:41 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する