古いボローニャ

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7月が駆け足で過ぎていく。引っ越してきたばかりのこのアパートメントの居心地がとてもよくて、まるで随分前からここに住んでいたようにすら思える。多分この家に辿り着く運命だったに違いない。と、最近相棒とそんな話をした。12年前からこのアパートメントの存在を知っていたのに。随分遠回りをしたものだ。

さて、此処から坂道を上って南に曲がって道なりに歩いていったところに、一瞬時代錯誤な、ボローニャ市内とは思えないような界隈がある。車がやっと一台通り抜けられるほどの道幅しかない曲がりくねった細い道の奥に。長年ボローニャに居ながらこんな界隈が存在するとは夢にも思って居なかった。そこに知人親子が住んでいる。煙草屋を営む親子で、何時まで経ってもお嬢さん風な母親はもうすぐ80歳、息子のステーファノはそろそろ60に手が届くらしかった。細い道を歩いていくと小さな集落があり、そこから更に坂道を上ると其の家があった。古い鉄の門が備えてあり、小さな庭の向こうに石造りの庭があった。話によると家は母親の更に父親が戦後に建てた家だそうだ。家の造りは大変ユニークで、説明してくれたが一向に現状がつかめず、首を傾げるばかりだった。兎に角家に入るなり大きな時代物のシャンデリアが吊る下がっているが、しかしそこに何があるでもない。白い壁に囲まれた広間に絵画が掛かっているだけ。そこは通り抜けの空間らしく、しかし全く贅沢な空間であった。そこを通り抜けて階段を上ると小さな踊り場があり、古いスタイルのキッチンと、昔そのままの母親のベッドルームとかが散らばっていた。そこから別の階段を下りて、そして上り詰めるとテラスがあった。15平米ほどのテラスで、丘に位置する其のテラスからはボローニャ市内が見渡せるのだった。風通しが良い其のテラスでの夕食会に招かれた相棒と私は、他の招待客と握手をして食前酒を進められるままにグラスを手に取り乾杯した。夏の夜に乾杯。涼しい風が吹くこのテラスに乾杯。この辺りを知らなかったのは、この辺りのひとが家を売らないからでもあった。此処に生まれてずっとここに居る人たち。ステーファノもそうだけど、彼の母親も少女期からずっと此処らしい。他の招待客もこの界隈で生まれ育った人達だ。近年変化が著しいボローニャに対して、昔ながらのこの辺りを古いボローニャと呼ぶのだと教えてくれた。昔からのご近所さんたち、幼馴染。あまりに長い付き合いだから知り合いとか友人とかを越えて家族みたいな存在らしい。だから何かがあるごとにこんな風に集まって食事をするのだ、と招待客のひとりのマリオが言った。夕食の一皿目は母親の手打ちパスタ。オーブンで焼いたカンネローニだった。料理が上手いので有名な彼女のカンネローニ。あまりに美味しくて、勧められるままにお代わりをして堪能する私を横のマリオが羨ましそうに眺める。お腹が大きくせり出した彼は、医者である娘に食事制限を命じられているらしかった。ねえ、君、実に上手そうに食べるね。ねえ、君、其の小さなお腹にどうしたらそんなに詰め込むことが出来るんだい。マリオはそう言いながら自分の皿の小さな一切れを恨めしそうに眺めるのだ。年齢層の高いこの夕食の出席者たち。面白い話が次から次へと出てきて5時間もお喋りしながら食事を堪能し、沢山のお酒を頂いた。ボローニャの喧騒ひとつ聞こえぬこのテラスから見える美しい月を、私はずっと眺めていたいと思った。ああ、愉しかった、次は8月15日の祝日の晩に集まろう、とステーファノが提案するのを聞きながら、ああ、私は其の頃日本に帰省中なのだと思った。多分其の晩は降るような星が夜空を埋め尽くし、涼しい風が吹いて、どうしようもなく気持ちの良い晩になるに違いないのだ。自ら望んで帰省するのに、ほんのちょっぴり残念なような、失敗したような気分になった。

古いボローニャ界隈を後にして、私は思う。そんな界隈を大切にしている人達がいる限り、あの辺りは安泰だわね。自分の家でもないのに、そこで生まれ育ったわけでもないのに、私は何故か嬉しくて零れる笑みを止めることができないのだ。

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コメント

こんにちは。
久しぶりに訪問しました。
大腸ポリープの切除とその後の止血のためしばらく入院していましたが…実はまだ入院中です…訪問できませんでした。
そういえばボローニャのご老体達は日本のような施設にはいるのでしょうか?
yspringmindさんの話を読みながら、同室のご老体達を見ていてフト思ってしまいました。
とにかく健康が第一ですね。

2013/07/21 (Sun) 00:02 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via Valdossolaさん、こんにちは。手術と入院、大変でしたね。まだ入院中とのことですが、経過はいかが。早くいつもの生活に戻れることを祈っています。
ところでボローニャの老人たちは施設に入ることはあまりありません。理由のひとつは驚くほど高いから。それから入りたいと思う人が少ないからと、気丈な老人が多いからでしょうか。賄ってくれる人が住み込んでいたり、通ってくれたりで自分の家にずっと暮らすのが一般的です。
健康が一番、此れは私も大いに同感ですよ。お大事に。

2013/07/21 (Sun) 17:08 | yspringmind #- | URL | 編集

おはようございます。

話の続きですが、認知症になったご老体はどうしているのでしょうか?
それでも施設には入らないのでしょうか?

どうも気になって、すみません。

私は順調に快復しています。

2013/07/22 (Mon) 22:06 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: タイトルなし

私が知る限りでは認知症でも自分の住み慣れた家に在宅の老人が多いです。住み込みや通いのお手伝いさん兼k最後の女性がイタリアには本当に沢山居るのですよ。其の80パーセントは外国人なんですけどね。イタリア人は自分の家に執着している人、なんとしても自分の家を離れたくない人が驚くほど沢山居るのです。ところで順調に回復しているようでなによりです。ほっと一安心。

2013/07/23 (Tue) 22:43 | yspringmind #- | URL | 編集

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