アマンダの貝殻

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何時まで経っても雨が降らないことを訝しく思っていたところ、驚くほど突然雨が降りだした夜中。昨晩のことだ。どの天気予報を見ても雨とでているのに、何故雨が降らないのだ、と相棒と話をしたばかりだった。しかし予報は外れることもあるのだし。私たちの話はそこで終わって夜遅くの散歩から戻ってきたのだ。そして零時を回って少ししたところで、まるで映画の雨のシーンのような、雨を降らせてみました的な雨が辺りをあっという間にぬらしたのだ。強い雨脚ではないが小粒と言うわけでもなく、誰かが雨のシーンを作り出す為に降らせた雨と言うのがぴったりで、私と相棒はそんな不思議な雨降りを何時までも窓の外を眺めていた。この突然降りだした雨に身動きできなくなった人達が街の何処かにいるに違いなく、さっさと夜遅くの散歩から帰ってきたことを幸運だったなどと思いながら。

確か今頃だった。アメリカから船で送った20トンのコンテナがリヴォルノ港に着いたのは。1995年のことだ。私と相棒が蒐集したアメリカのものを沢山詰め込んだコンテナだった。アメリカの古いラジオや蓄音機、割れやすい分厚いレコード。古い書物。写真。絵画。それから50年から70年代のガラス器やら何やらが驚くほど詰まっていた。其の倍ほどのものを引越し前にガレージセールで売る払い、しかしこれらはどうしても人に渡すことは出来ないわ、というものをコンテナに詰め込んだのだった。そんなコンテナだったから、港の通関で引っかかった。引越しにしては奇妙ですね、と。商売用ではないでしょうね、と言うのが理由らしかった。多額な税金を課せられそうになり、私たちは慌ててリヴォルノ港へ車を走らせた。通関のオフィスにしては妙に簡素な建物の中に私たちは通されて、様々な尋問を受けたが、全て私たち個人のもの、引越し荷物として書類に書き込まれて大きな判が押された。暑い日だった。緊張で私たちはどうしようもなく疲れていたが、コンテナがもうすぐ自分たちのところに届けられるのかと思うと嬉しくてならなかった。コンテナが届いて荷を降ろして、私が一番初めに見つけたのは小さな箱の中に仕舞ってあった貝殻だった。それは大好きなアマンダが大西洋の浜辺で拾ったもので、彼女が自分の小さな白い部屋の窓辺に並べていたものだ。私がそれを素敵だと褒めたら、あなたにはこの素敵さが分かるのね、と喜びの笑みを浮かべて其のうちのいくつかを選び出してくれたものだ。私はそれらをポケットに入れると彼女の持っている幸運を分けて貰ったような気分になり、どうしようもなく嬉しくなったものだ。私は彼女がしていたように出窓に並べた。其の窓から風が入ってくるたびに、アマンダのことを思い出して、そして時々気分転換にと貝殻を並べ替えた。其の後アマンダが忽然と消えてしまった。誰に聞いても何処で何をしているのか分からなかった。そうしているうちに私もあの町を離れて、ボローニャに来てしまったのだ。私がそんな貝殻の入った箱を真っ先に取り出したことに、相棒も手伝いに来た友人も酷く驚いているようだった。だから、アマンダの貝殻なの、とだけ言っておいた。コンテナがボローニャに届いたあの日も酷く暑かった。18年経った今でも覚えているくらい。ところでアマンダの貝殻は、その後4度繰り返した引越しで何処かに紛れ込んでしまったらしく、どんなに探しても見つからない。そうだ、それでは大西洋のあの浜辺に久しぶりに行ってみようか。貝殻を拾いに。私が、そしてアマンダも大好きだったあの浜辺。もう10年以上も帰っていない浜辺。目を瞑ったら穏やかな波の浜辺が瞼に浮かんだ。


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