週末が好き

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再び引越しをして、私は前暮らしていたアパートメントからすぐそこの、坂の途中の感じのよい庭のあるアパートメントに暮らし始めた。庭と言っても共有の庭。しかしテラスから眺める其の様子は悪くない。同じ界隈の、しかし随分と印象の違う今の住処を私は心から気に入っている。家と住人に相性と言うものが存在するならば、私とこの家は抜群の相性と言ってよいだろう。相棒ですら言うのだ、家に居るときの表情が違うと。そうだろう。何しろ私は深呼吸しながら生活しているのだから。強い陽が照りつける中の引越しは辛かったが、此れでよかったのだと思う。別に自分の家になったわけではないけれど、いつか自分の家になれば良いと思う。家の中は一向に片付かない。こんな土曜日は家の片付けをするのが良いのだろう。しかし随分散策を楽しんでいないので、少しだけ、と自分に言い訳をして家を出た。

雨が降るのかもしれない、と思わせるような湿った重たい空気だった。暑いような涼しいような、しかし酷く蒸す土曜日の午前。夏のサルディが始まっているからさぞかし混みあっているに違いないと想像していたら、案の定ごった返していた。早くも目当てのものを手に入れたらしく、人々の手には大きな紙袋。私も欲しいものが無いとは言わないが、しかしもうすぐやってくる夏休みのために財布の紐をぎゅっと締めておくのが良いだろう。と言いながらも数日前に私にしては踵のある赤いサンダルを購入したばかりなので、財布の紐は全然締まりが無いのだけど。歩きなれたボローニャ旧市街も3週間ぶりの散策ともなると目に全てが新しい。見慣れた赤い壁も、朽ちたポルティコの柱も、広場に並んだカフェのテラス席も。私は時々店の前で足を止めながらも、しかし店に入ることは無く、そんな風にしてひたすら歩き回った。そのうち私は大通りから狭い道に入り込んだ。陽気な肉屋さんに続く道だ。前を見ると夫婦なのか恋人なのか、手をつないでいるように見えながらも寸前のところでつないでいないふたりが居た。折角買い物に出かけたのに気に入ったものが見つからなかった、そんなことを話しているようだった。彼らは旧市街のこの辺りに暮らしているのか、家からちょっとふらりと出てきた風で、とても感じが良かった。そうか、気に入ったものが見つからなかったのか。私はそんなことを考えながら、すぐに気に入ったものを見つけてしまう自分を嗜めるのだった。随分歩くと冷たいものが欲しくなるものだ。色々考えて、塔から数えて100mほどの店で足を止めた。ジェラート屋さん。驚くほど混んでいたので店を出かけたら、店の女の子が人差し指を立ててこう言った。あ、奥さん、すぐに注文受けますから。彼女は私の気に入りの女の子で、彼女は私がこの店のどの種類のジェラートを好んでいるか知っている。沢山いる客の中の一人だけど、いつも覚えていてくれる。大波のような沢山の客が店を出て行き、私ひとりが残った。さあ、奥さん、お待たせしました。そう言って女の子が私の前に立った。私はいつものピスタッキオとヨーグルトを注文した。この店に来るのは、そういえば久しぶりだった。ひと月振りかもしれなかった。と、女の子が話し始めた。今日はなんて蒸し暑いんでしょう。そんな話から私たちは犬の話、先週末の旧市街のほかの通りで行われた白夜祭りの話、昨年の夏にアペニン山脈の川へ夕涼みに行った話、ルーチョ・ダッラの話し、この店が案外風通しの良い話を次から次へをはなした。話し好きの私だが、どうやら彼女も大変な話好きらしく、ひとしきり話すと、ああ愉しかった、奥さん、お喋り有難う、と言って大きな笑顔を向けた。へえ、彼女、こんな女の子だったのか。私は小さな発見をして、益々この店と彼女を好きになった。丁度客が入ってきたので私は彼女に手を振って店を出た。昼になっても人の波は大きくなる一方。家に帰る人は居ないのかしら。と思いながら私はバスに乗った。今日の小さな散策はお仕舞い。でも、とても愉しかった。週末はやっぱりこうでなくちゃ。週末は愉しいのが一番なのだ。週末が大好き。


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