爪のお嬢さん

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私にはちょっとした知り合いが居る。ソニアと言う名のお嬢さん。お嬢さんと言っても彼女は確か32歳で、仕事もしているし結婚もしている。ソニアの若々しさと華やかさが私にお嬢さんと思わせるのだ。ソニアとはすごい友達と言うわけではない。彼女は爪を手入れしてくれる人で、私はそこに時々通う人だ。知人を通じて彼女を知った。知人の爪が美しく手入れされているのを見て、あら、この美しい爪どうしたの? と訊ねたところ、ソニアなの、と教えてくれた。ソニアはそんな仕事をしているから確かに華やかで見栄えが良い。しかし回を重ねるたびに私が感じ得たソニアは見かけはシンプルで彼女の中から自然に湧き出る薔薇のような華やかさ、であった。それに少しも気取ったところがない。私と同じような感覚を持ち、普通の感覚が普通に通じる。私の目には特にそれが彼女の美しい点に映った。私が爪の手入れをしようと思ったのはこの冬だった。別に綺麗に色を塗るとか飾り立てる目的ではない。子供のことから爪が弱くてすぐに割れてしまうことに手を焼いていたからだ。それは案外問題ではないように聞こえるが、爪が割れると指先が痛く、したい作業が上手く行かない。そんな小さくて大きな問題が伴っていた。爪をどうにか補強したり元気にする方法を探していたのだ。それから私は器用ではない。それで美しい爪の知人に相談してみたところ、ソニアに会ってみることを奨められたと言うわけだ。旧市街の小さなStudio にソニアは居た。自分の爪について説明して爪を見せると、大丈夫、元気な爪になりますよ、と笑って言った。自分より若い彼女が、まるで年上のお姉さんのように頼もしく見えた。そういう訳だから私の爪は手入れして貰っていると言うのが正しく、美しい色や飾りはない。時々バスやカフェでアクアマリン色に塗られた爪を見かけたりするが、そんなことをしようとは少しも考えたこともない。ごく自然な色をソニアとふたりで選び出して、それは俗に肉色もしくは肌色と呼ばれていて見かけは実に普通の爪。ただ、もう割れることもなければ、痛くて指を使う作業が出来ないなんてこともない。だから私は何時の日からか、ソニアを爪のお嬢さんと呼ぶようになった。爪の救世天使みたいな存在なのだ。そんな彼女は最近10日ほど南のほうの海に行き、小麦色に焼けて帰ってきた。レモン色の肩をすっかり露わにした夏のドレスの彼女は爪のお嬢さんと言うよりは夏のお嬢さんのように見えた。あら、素敵。この後何処かへお出掛けなの?と訊ねると、嬉しそうな恥ずかしそうな笑みを浮かべて、ううん、この後家に帰るだけ、と言ったが、ロベルトが待っているのと付け足してもっと嬉しそうに笑った。彼女の夫のロベルト。知り合ってたったの5ヶ月で結婚した。劇的な出会いでもなかったし、熱烈な恋をしたわけでもない。でも一緒に居ていい感じだったから結婚したといったふたりは、いまもあの頃と同じようにいい感じを共有しているに違いない。爪の手入れをしている時、真剣な眼差しで作業をするソニアは、一段落するとそんな愉しい話をしてくれるのだ。そんなソニアのロベルトは、多分彼女のように素敵な人に違いない。再び口をつぐんで作業をする彼女の顔を眺めながら私はそんなことを思うのだ。私の愉しい時間のひとつ。

6月の終わりに引越しを終え、私は窓の前に大きな木が見えるアパートメントに暮らし始めた。テラスに面して備え付けられた大窓から入る涼しい風。愉しい生活になりそうな予感。


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コメント

こんにちは。お元気にしてらっしゃるでしょうか。
ミュンヘンはすっかり晴天。毎日ここも遅くまで青空が広がっています。
新しい仕事が始まってすっかりブログを読む時間がなくなってしまいました。
生活の変化というよりは、心がざわざわとしており、文章を読む気分には
なかなかなれません。
しかし回りまわってまたyspringmindさんのブログをよく読みに来るだろうなあと
思います。

2013/07/17 (Wed) 16:58 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: タイトルなし

inei-reisanさん、こんにちは。お元気そうですね。新しいお仕事はいかが。忙しく生き生きと働く姿が目に浮かびます。私のほうも引越しをして慌しい毎日ですが、なんだか笑いが止まらないほど愉しいのです。何がときかれても分からないのですが、それは案外幸せの一部なのかもしれません。暫く鬱蒼としていたので、ほっと溜息をついています。inei-reisanさんにもそんな日が早くやってきますように。

2013/07/19 (Fri) 22:10 | yspringmind #- | URL | 編集

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