暑いのが苦手

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窓を開けておいたのに少しも涼しくなかった晩。それだから案の定寝苦しくて、ああでもない、こうでもないと寝返りを打っているうちに朝になった。こんなに私が苦闘している横で相棒は軽やかな寝息をたてているのが不思議だった。私たちは本当に同じ部屋に存在するのだろうかとこの目を疑うほどに。そんな相棒が寝苦しくてよく眠れなかったと言いながらベッドから抜け出すのを横目で眺めながら、私は深い溜息をついた。こんなだから快適に過ごせる筈もなく、眠さと暑さによる疲れと戦いながらの1日だった。飼い主と共に歩く飼い犬が頭を垂れてとぼとぼ歩く。いつもならばうきうきした足取りなのに。私の知っている近所の犬も、はーっと溜息をつきながら散歩をしていた。通りすがりに私と犬は目と目で会話する。暑いわねえ。こんな夕方は散歩はしないほうがいいんじゃないの? そうなのよ、奥さん。でもね、真昼の散歩よりは良いかと思って。

こんな暑い日には思い出す。私が暮らしていたアメリカのあの町のこと。その町は暑いといってもボローニャのような夏があるわけではなかった。それどころか、私が暮らした町のどの町よりも涼しくて、7月でも8月でも夜になると肌寒くてスカーフや上着が必要になるほどだった。ところがふとした拍子に恐ろしい夏日になり、そんな暑さに慣れていない人々を喜ばせたり驚かせたり、ぐったりさせたりするのだった。私と相棒は街の中心から少しはなれたところにある大きな公園の近くに住んでいた。其の公園に沿って西へ西へと歩いていけば大西洋に辿り着く、そんな界隈。フラットには4世帯が入っていて、私たちは上の階の半分に住んでいた。風通しの良い家で、キッチンの先には小さなテラスがあった。テラスは隣の家と共用で、そこに私たちは様々なハーブの鉢を置いていた。陽あたりが良く風通しがよく、ハーブを育てるにはもってこいのテラスだったからだ。隣の家にはイタリア人女性が住んでいたから、彼女にとってもそれは大変都合が良かった。バジリコ、サルビア、ローズマリーノ、ティーモ・・・とイタリアの食事に欠かせない様々を育てていて、私たちの家を訪れる人達は皆このテラスを羨ましがった。其処は猫の特等席でもあった。私たちの大きな猫、グラッパ。一番最後にこのテラスにやってきたくせに、まるで自分のテラスのように占領していた。そして誰かがハーブを摘みにやってくると、大きな頭をぐるりと回して一瞥して、まるで貧乏ゆすりをするかのように長い尻尾をパタン、パタンと上下させて木製の床を叩くのだった。それだから誰もが、ちょっとごめんなさいねと詫びながら、大きな猫の上をまたいで向こう側にあるハーブを摘むのだった。そんな猫だが暑さにひどく弱かった。ある日突然やって来た暑さに猫は目が回ってしまったらしい。私が家に帰ってくると階段を上がったところに仰向けに寝そべっていた。大の字になって。木製の床の僅かな冷たさを背中から全て吸い取りたいかのような格好で。そんな猫を見たことがなかった私は心配して、大丈夫かと猫をさすると、猫は一言にゃーと鳴いて、それっきり黙ってしまった。そうねえ、あんたは大そう暑そうな毛皮を纏っているからねえと猫に話しかけると、猫は恨めしそうに私を眺め返すのだった。あたし、暑さに弱いのよ。そう言っているかのように見えた。私がタオルで猫の上を扇いであげると、気持ちよさそうな深い溜息をついてごろごろと喉を鳴らした。あれから何度か暑い日があった。其の都度猫は私に強請るのだった。ねえ、タオルで扇いで頂戴、と。あの猫。そういえば寒いのは全然大丈夫だった。猫は寒いのが嫌い、という常識は私の猫には当てはまらなかったと今思う。

私も床の上に大の字になってみたら、どんなに涼しいだろうかと思うけど、私は猫ではないからそんなことは出来ないわ、と自分に言い聞かせる。でも、引越し先の居間の黒い大理石の床はとても気持ちがよさそう。一度くらい試してみたいものである。


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