穏やかな夢

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夏日の翌日は雨。また長袖に逆戻り。窓から外を眺めながら、ふーっと長
い溜息をつく。そんな溜息をついている私はと言えば朝方から熱を出して昼過ぎまで深い眠りに落ちていた。歯を抜いた後のせいかもしれないし、扁桃腺のせいかもしれなかった。それとも金曜日の異常な疲れのせいかもしれなかったし、気圧の大きな変化のせいかもしれなかった。何にしてもよくもこんなに眠れると我ながら呆れる。13時間も眠ったのだから。歳を取るにつれて眠れなくなると言うけれど、私に限って言えば全く関係ないのかもしれない。外を歩く人々は何となく淋しそう。昨日の明るい太陽が厚い雲の向こう側に隠れているからだろうか。あの太陽は何時戻ってくるのだろうと考えながら歩いているように見えた。

長い時間眠っている間に、幾つもの夢を見た。体調が悪かった割には辛い夢を見ることはなく、実際あった幾つものことをスライドショーのようにして次から次へと眺めた、という感じだった。其のひとつが10年以上前に行った島のことだった。私が9月にナポリへ行ったのは単なる思い付きだったが、しかしちょっとした知り合いが暮らし始めたので、そんなことがきっかけで興味を持ったといってよかった。ちょっとした知り合いと言うのはつまり、ボローニャ郊外の丘の途中でヒッチハイクをしていた日本人の若者だ。車で一旦通り過ぎた相棒と私が引き返したのには理由があった。こんなところに立っていても誰も止まってくれる筈がないからだった。大体此の辺りには外国人など見かけないので、まず99パーセント胡散臭く思われて通り過ぎてしまうだろうと思われた。大体私たちだってそう思って通り過ぎたのだから。一旦前を思い切り通過した私たちがバックで戻って若者を乗せ、そして若者を車から降ろしたのは更に乗継が難しいと思われるような山のガソリンスタンドだったが、若者はひどく感謝して住所を交換して別れた。数週間後日本から礼の便りが届いた。どうやらいい人に拾って貰えたらしく無事に旅を終えることが出来たらしかった。其の若者が念願であったナポリの生活を体験する為にナポリに住み始めた。ナポリへはまだ行ったことがないと言う私を知人は強く誘い、それではと重い腰を上げたのだった。私は知人が暮らす街中を避けて小さな港の前にある小さなホテルに滞在した。一週間の滞在だったから知人との時間との他にも様々な場所に足を延ばすことができた。其のひとつがプローチダ島だった。滞在するホテルの前の港から船が出ていた。とろとろと進む大型船ではなく、驚くほど早い高速船に乗って。あまりに揺れるので気分が悪くなったが、おかげであっという間に島に着いた。漁村。そう呼ぶとぴったりの島で、寂れた感じであるような、しかしそれが此の島の味わいであるような、アメリカなどの近代化があまりに進んだ国から来た人達には大変魅力的に見えるらしく、あちらこちらでアメリカ英語が聞こえた。其のどれもが、なんて素敵な島なのだろうとか、此処に住み着いてしまいたいとか、そんな褒め言葉ばかりだった。私にしてもプローチダ島の魅力に取り付かれてしまい、何時までも何時までも歩いていたいと思った。小さな家が数珠のように繋がっていて、時々変わった形の家を見かけては、再び歩き出すことなくずっと眺めた。地上階から続く黄色く塗られた長い煙突。キリンの首のようだと思った。歩きつかれたら、その辺に腰を下ろして海を見下ろせばよかった。潮風に吹かれると先ほどまでの疲れがあっと言う間に癒された。ぐるりと回って港に戻ると次の船までに1時間あった。私は港の前のバールに入って冷たいものを注文すると、つい今しがた買った絵葉書をとりだして家族への便りを書いた。此処はとても素敵なところです、と。帰りの船は大型船だった。船はナポリ郊外に着くらしく、先客は驚くほど少なかった。夕方の太陽、潮の匂い。海風。其のどれもボローニャでは手に入れることが出来ないと思いながら、甲板のベンチに寝転がっていた。そんな実際あったことを上手に指でなぞるように夢の中で再現されたから、目が覚めたとき、私はとても穏やかな気持ちだった。プローチダ島ねえ。10年も思い出さなかった島の名前。どうしてそんな夢を見たのだろう。明日からまたいつもの生活が始まる。夢のことはすぐに忘れてしまうだろうか。ううん、多分また夢にでてくる。そんな予感がする。あれは本当に素敵な一日だったのだから。


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